黄霊芝著/下岡友加編『黄霊芝小説選-戦後台湾の日本語文学』
『黄霊芝小説選―戦後台湾の日本語文学』
(黄 霊芝 著/下岡 友加 編 、溪水社、2012年6月)
台湾には、日本の皇民化政策により日本語を身につけた世代がある。
日本が戦争に敗れたあと、国民党政権によって公用語は中国語に変わり、日本語の使用は禁じられた。
だが、一群の人々は、自らのアイデンティティとして、戦後も日本語を使って小説・短歌・俳句などの創作を続けた。
本書は、現在も日本語で小説を書いている台湾人作家・黄霊芝の著作集であり、精撰された10編の小説、本書のための書き下ろし評論1作、年譜、下岡友加氏による解説によって構成されている。
男の子の出産が周囲から切望され、養子・養女に迎えられ出されることによる心的なドラマを女性の一人称で語る「「金」の家」。
農地改革で土地を失った地主が無謀にも養豚に手をだす顛末を独特のユーモアとペーソスで語る「豚」。
台湾・日本・中国の三者が絡み合う歴史的な二・二八事件とそこにいたる前史を背景として、日本人でありながら台湾人として処刑された男の悲劇を描く傑作「董さん」。
みずみずしい恋情を優れた技量の短歌の連作によって表現した短歌小説「蟇の恋」。
・・・収録された小説の主題も手法もさまざまだが、いずれも1940~60年代の激動の台湾を舞台に、強い洞察力と文体と新鮮さとで読み手をそらすことがない。
書き下ろしの「違うんだよ、君-私の日文文芸」は、黄霊芝が日本語を手放さない(手放せない)事情が語られ、日本の読者への何よりの自解となっている。
下岡氏も、自国に多くの読者を期待できないデメリットを引き受けつつ、なお日本語を手放さず、かつ別の言語でも書き続けている作家・黄霊芝の活動を、ゆきとどいた筆で解説している。
下岡氏によれば、台湾文学研究の世界では「日本語で書かれたものは台湾文学ではない」と見なされ、日本文学研究の世界では「読むこと自体ができないので、評価できない」と言われる。境界上でいずれからも拾い上げられない現状を、小説選の刊行によって少しでも改善したいとのこと。
本書の公刊によって環境は整った。
日本語で書かれた台湾文学・黄霊芝作品の、日本における普及と研究の進展を期待したい。
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