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2011/03/01

「金閣寺」三島由紀夫☓宮本亜門☓森田剛

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KAAT神奈川芸術劇場のこけら落とし公演『金閣寺』を福岡で見てきました!

原作     三島由紀夫
演出     宮本亜門
原作翻案     セルジュ・ラモット
台本     伊藤ちひろ
出演     森田剛(溝口) 高岡蒼甫(柏木) 大東俊介(鶴川) 中越典子(有為子) 高橋長英(父+禅海) 岡本麗(母) 花王おさむ(副司) 大駱駝艦〈田村一行 湯山大一郎 若羽幸平 橋本まつり 小田直哉 加藤貴宏〉
岡田あがさ 三輪ひとみ 山川冬樹(鳳凰) / 瑳川哲朗(老師)

■2011年1月29日~2月14日 神奈川芸術劇場(KAAT)ホール
■2011年2月19日~20日 まつもと市民芸術館
■2011年2月25日~27日 キャナルシティ博多劇場
■2011年3月5日~6日 愛知県芸術劇場 大ホール
■2011年3月10日~13日 梅田芸術劇場 メインホール

最初のうちは、原作を丁寧に追っているけど突出した部分がなくて地味だなあ、なんて思いながら見てましたが、芝居の半ばぐらいから、これは地味に見えるけどスゴイかも・・と興奮し始め、見終わったときには大満足で劇場を後にしました!

まとまりはないですが、帰広以来ちまちま書いていたメモを、そろそろupしておきます。
キリがないしね。

《以下、大いにネタばれアリです。》



舞台はシンプルなつくりで、正面には黒板。
舞台上は全体に暗めで、華やかで明るい照明が使われることはほとんどない。
セットの展開は、大駱駝艦の方々による人力で。たとえばテーブルが組み合わさり、動かされることで道路になり、上を歩く役者の動きに合わせて道路がどんどん継ぎ足されていく、といった具合。
寺の日常生活を集団で早送りして見せるところなど、スピード感もあって面白かった。

開演前にすでに役者たちが普段着(というか現代の衣装)でたむろしている。
時間になると、『金閣寺』の冒頭部分を交代で朗読し始める。
次第に主人公である溝口(森田)に焦点化して芝居が始まるが、その後も、舞台の前半は柏木(高岡)が、後半は鶴川(大東)がナレーターを務める。
小説『金閣寺』は溝口の一人称で記述されていて、芝居でも柏木と鶴川のナレーションによって、溝口の見た外界や彼の内面が吐露される仕組み。
ナレーターとしての彼らは劇中の衣装ではなく普段着で、この作品世界で示される溝口の思いは現在のわれわれと地続きなのだと示しているかのよう。

明暗両面をもっていた鶴川と、内飜足によって自己誇示せざるをえない柏木の二人が溝口のナレーターとなることにより、異なった個性をもった溝口-柏木-鶴川の3人の若者が実は一体である印象を受ける。
溝口と鶴川が肩を組む場面や、柏木と溝口が話すところを凝視して立ち去る鶴川など、男同士の親密な関係も示唆される。

溝口が固執する金閣は、セットではなく、人間が演じる。
金閣を擬人化するというと前衛的な演出だと思われがちだけど、妙なケレンや違和感はなかった。
金閣(鳳凰)を演じる山川冬樹は、長髪でスリムな体躯で、男性でも女性でもなく性別不明な、時間を超えて中世から脈々と存在してきた建造物を体現していた。
そして折々にものすごい音声を立てて、溝口(と観客)を脅かす。ホーメイというのだそうだが、とても人が発する声とは思えなくて、このボイス・パフォーマンスのたびに大いに驚かされた。


さて、神奈川公演を見た方々のレビューで前もって教えられていたとおり、今回の舞台は原作である三島の『金閣寺』の主要なモチーフをほぼ網羅していた。
中盤まで地味な印象を受けたのは、ややもすると原作のダイジェスト版に見えかねないためだったのかもしれない。
でも細かく見ると異なったところもあって、おそらくそれが宮本亜門版「金閣寺」のキモなのだと思う。
全体に原作のモチーフの配置をまとめることで、メッセージを明瞭にしていた。

父(高橋)が溝口の目を覆って母(岡本)の不倫を見させなくするシーンの回想は、原作では父の一周忌で母が金閣寺に来るところにおかれていたが、舞台では柏木が老婆との初交渉を再現する場面まで遅延される。
もう一人の溝口ともいえる柏木と老婆のセックスに重ね合わされることで、母への屈折した愛、エディプス・コンプレックスが暗示されているかのようだ。

また、寺を出奔して舞鶴に行く車中でも、回想が挿入される。
一つは「死」の系列。溝口が短剣を傷つける海軍機関学校の生徒(彼は、敗戦の日に切腹する)-有為子-有為子の相手の軍人-父-鶴川。(順番はうろおぼえ(^^;;))
もう一つは「妊娠(と生れてこない子ども)」の系列。生け花の師匠-米兵と共に来た娼婦-そして有為子。
前者は基本的に男たちで、後者は女たち。
それらの回想の果てに、父の葬式の場面(本火を使用!)がカットバックされて、「金閣を焼かねばならぬ」という想念にたどりつく。
金閣を焼くことが、すべてのコンプレックスの根源である父と女によって産み出された生命を抹消することであるかのように。

また、小説では、溝口は金閣放火の前に遊廓に行く。それまで女性と性的な関係を持とうとするたびに現れていた金閣に邪魔されることなく、まり子という娼婦と性的な関係を結び、それを契機として金閣に火をつける。
この遊廓の場面が、舞台ではまるごとカットされていた。

溝口は、吃りであることで、有為子に象徴される現実の女性と交渉できないというコンプレックスをもっていて、その根っこには母への愛憎がある。
だが、演劇版では、そうした女性の系列よりは、柏木-鶴川、あるいは父-老師といった男同士の関係の方に重点を置いていたように思える。
それは必ずしも女性嫌悪ではないが、娼婦との肉体的接触などもたなくても、金閣に対峙することができると示しているかのようだ。

放火の当日に会った禅海和尚を、父を演じた高橋長英が二役で演じていたのもその現れで、金閣への溝口のこだわりは父によって育てられ、その父の半面である禅海に承認されることで溝口は自分の金閣放火が許されると判断する。
女性との関係がないわけではないが、どちらかといえば男同士の絆によって劇が展開していくのだ。
金閣を焼く場面で、書き割りの巨大な「目」が現れるのも、父によって目隠しされた呪縛が解かれるシンボルだろう。

ほかにも、小説にあった「南泉斬猫」の法話の代わりに、舞台では、臨済録示衆の章の「仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し・・」を早い時期から唱えさせていた。放火の前に急にこの言葉を想起する小説版はかなり唐突な印象を受けるので、むしろ舞台の方がよりわかりやすくなってよかったと思う。

最後に金閣に火をつけた溝口は、「生きよう」と思う。これは小説「金閣寺」と同じだ。
強固な観念となって自分を縛る金閣を焼き、憑き物がおちたようになって溝口は現実に戻ってくる。
「生きよう」と、ナレーターの鶴川が言い、柏木が言い、そして溝口が言った後、溝口は客席に降りて最前列の座席に坐る。
溝口は決して特異な人物(モンスター)ではない、歳月は隔てても現代のわれわれと同じなのだ、われわれの一員なのだ、という鮮やかなメッセージを放って、舞台は閉じられる。


全体に、とてもよくできた芝居だった。
脚本も演出も役者も、すべてプロの仕事という感じ。
企画も出演者も商業演劇の最たるもので、よく練られてキッチリと仕上がった舞台だったが、しかしながらルーティンの一つとして手際よく造りましたよ感がなくて、熱意と愛情がこめられていた。

『金閣寺』の二次創作としては、小説発表直後の1957年に新橋演舞場で演劇が上演され、その後もオペラ化されたが、これらはもちろん私は未見。
映画には、「炎上」(1958年・大映、市川崑監督、市川雷蔵・仲代達矢ほか)と「金閣寺」(1976年・ATG、高林陽一監督、篠田三郎・柴敏夫ほか)があって、これは映像で何度か見た。

二つの映画については、以前に書いたことがあるが、二つとも小説版とはかなり改変されている。
「炎上」の方は小説が書かなかった放火後の溝口や母が描かれ、「金閣寺」では女性たちが過度にクローズアップされ、いずれも、小説「金閣寺」との差異化を目的として作られていたように思う。

二つの映画に比べると、宮本版「金閣寺」は、とてもオーソドックスだ。
オーソドックスだが、単に、原作のモチーフをすべて入れました、というのとは違っている。若い男性3人の物語として「金閣寺」をしっかりと解釈した上で、その理解に沿って自然に作り上げられていた。

一方で、映画「炎上」へのリスペクトも感じられた。最初のうち、森田は雷蔵に、高岡は仲代達矢に見えた。先行する作品のイメージは尊重している。
副司役の花王おさむの、「老師~」という言い方は、映画「炎上」そのまんま。映画のように副司の息子が登場して、溝口と老師の跡目争いでもするのか・・と思ったぐらい。(あとでパンフレットを見たら、花王は映画のイメージを参考にしたと話していて、納得)。

役者陣は、主演の森田はじめ、みな熱演。
神奈川の初日から1カ月近くたって、芝居自体が熟してきたのだろうね。
とくに森田は、出ずっぱり。頭も坊主に丸めて溝口になりきり、屈託がよく表現されていた。
ジャニーズという先入観で曇らされてはいけない、うまい役者だと思う。
(私の後ろの席のお姉さんたちは、「なんか切なそうな顔やヘタレな顔ばっかり。笑った剛君が見たい。。」とのたまっておられましたが・・・。)

高岡、大東、有為子の中越もよし!
高岡くんは、自分で尺八を吹いていたのね。あれは難しいのだ・・。
(令嬢役の三輪ひとみさん、どこかで拝見したお顔だと思ったけど、「ハリケンジャー」の御前さまだった! なつかしい~。)
ともかく今回の芝居では、ベテランのうまさばかり目立って若手がダメ、ってことがなかったのが嬉しいデス。


さて、宮本亜門と三島由紀夫。

没後20年の1990年に『近代能楽集』全作品を2作品ずつ上演する企画があった。
宮本は「卒塔婆小町」の演出予定だったが、直前になって主演の一人・堤真一とともに公演から下りた。
たしか、主演の李麗仙と宮本が作品解釈で衝突したのだった。
(同時上演はさきごろ亡くなった茂山千之丞さん演出の「葵上」で、出演は、沢村藤十郎・佐野史郎)。

私は当時住んでた名古屋での公演に行ったけど、いま売り出し中の宮本亜門による三島劇が見たかったなあと、とてもとても残念だったことを覚えている。
その後、堤真一の方はtptの『近代能楽集』で三島劇を演じるところを見ることができたが、宮本の三島劇には縁がなかった。

今回、新設なった劇場の芸術監督に就任し、こけら落とし公演に三島由紀夫の代表的な小説の翻案をもってきたのは、宮本なりの20年ぶりのケジメだったのかもしれない。

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コメント

はじめまして。

今自分のブログで今までに見たお芝居の感想を書いているのですが

金閣寺は難しくて書けないでいました。

この記事に出会えて、すごく的を得た感想に思えたので

自分で書く感想のなかに、参考としてこのページを紹介
させてもらいたいのですか、いいでしょうか?

よろしくおねがいします

りょうこさん、はじめまして。
ブログに紹介してくださるとのこと、光栄です。
どうぞよろしくお願いします。

たくさん芝居を御覧になっているのですね~。
「寿歌」は、それこそ20年ぐらい前に、名古屋や広島でプロジェクト・ナビの北村想さん演出のを観ました。
堤さんのをナマで観られたなんて、羨ましいです。
またりょうこさんのブログを楽しみに拝見させていただきますね。

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