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2006/06/25

ゆかたまつり

今日は勤務先の夏祭。
で、私は教務委員ということで、学部代表として「巡回指導」(見回り)のため、ただいま学校に出てきております。事務職員の方と二人一組で、トラブルがないか、清潔に調理しているか、けが人・病人がいないか、見て回る。
朝10時に集合。さきほど私の見回り当番は終わったので、あとは研究室待機で、夜8時に終了の花火が打ち上がったら帰ってよいのだそう。

朝起きたときには、この雨だから絶対中止だと思った。雨天中止のときは朝7時半に連絡が入るはずなのに音沙汰ないし、電車の時間も迫ってきたので、こちらから確認の電話を入れると、決行とのこと。朝の打ち合わせ会でも、教員からは疑問の声多数だったけど、主催者はあくまでも学生さんたち。若さというか、ほんと元気だ。
見回ったかぎりではそこそこの人出に見えたけど、事務の方の話だと、昨年に比べるとずいぶん客の入りが少ないとこと。梅雨時期だから仕方ないとはいえ、せっかく準備してきたのに、少々気の毒。

このお祭りはカップルで行くものだ、と、(もう卒業しちゃった)学生に聞いていたので、どんなムーディーな催しか、とひそかに期待してたのだけど、野外ステージがあって、屋台が出てて、屋内展示があって、近所のお子たちも来ている、ごく普通のイベントでありました。それとも夜になると雰囲気が変わるのか!?
ただ、浴衣や甚兵衛を着てくると屋台でサービスがあるとかで、1/4ぐらいは着ていたかな。(あとでうちの娘も浴衣で来る予定)。

それにしても、昨日は、4年生の題目発表会。来週は、土曜日が大学院の研究発表会で、日曜日が教室のスポーツ大会・・・と、2週続けて土日の休みがない。
教育上の効果があり行事じたいは喜ばしいことなのだが、ダンナとの間の育児・家事の借時間が膨らみ続けていくのが、個人的には苦しいところ。6月は第一週から、院生発表会・ビョン監督イベント・3年生研究発表会、そして今週・・と、ずっと土日に家を空けている。せっかく春休みに苦労して借金ならぬ借時間を返済したのに、またまたマイナスが雪だるま式にふくらみつづけ。棒引きの徳政令でも出したいところだが、お代官様からは「ちゃんと返せよ」とクギをさされており、トホホである。
7月末の前期授業終了まで、あと一ト月少々。とにかくがんばりませう。

しかし、この雨でも花火は打ち上げられるのだろうか。花火が上がらなければ、このままずっと待機・・?! まさかね。

2006/06/19

桜桃忌

没後58年目。『太宰治研究14』が和泉書院から刊行。
戦後の太宰が人情噺を利用しながら短編の技法をこらしたことを述べた拙論も掲載されてます。(書いたのは昨年の夏。柳多留を調べたり、けっこう面白かったことも、遠い記憶だなあ)。
趣味で落語を聴いていたのが、たまには役にたつものです・・。

4757603762太宰治研究〈14〉作品論 特輯・『チヤンス』から『トカトントン』まで
山内 祥史
和泉書院 2006-06

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田口律男『都市テクスト論序説』

4879842400 都市テクスト論序説
田口 律男
松籟社  2006-06

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大学院で一学年上の田口律男さんの単著。
院生時代の研究会、田口さんともう一学年上の遠藤さんが、毎回決まって議論(傍目には口論にしか見えなかったが)をし、私などは二人の議論によって勉強したと言っても過言ではない。

その頃、田口さんが書かれた横光利一の「街の底」論なども、本書にはすっかり趣を新たにして掲載されている。粘りづよく都市テクスト論を構築されつづけ、ついに一書にまとめられた。前田愛の都市空間論の正統な後継者だ。

授業で都市論を紹介すると学生たちの関心は高く、卒論にも応用する学生も出てきている。今後は、この本が基本文献として読み継がれていくことは間違いない。

ただ、田口さんが書いてこられた代表的な論文で本書には入っていないものもあり、まだまだこの分野を発展させていくのだという気概が、「序説」というタイトルに表明されているのだろう。

「あとがき」で触れておられた日本近代文学会での田口さんの初めてのご発表は、私にとっても思い出深い。たしかD1の秋、初めて学会というものに参加した。
身近な先輩が全国学会で発表されたのを目の当たりにして、とにかく刺激を受けた。またそのときのシンポジウムがフェミニズム批評に関するもので、こんな文学の読み方があるのだという驚きが、その後の自分の研究に直結していたのだった。

そんな思い出も含めて、極めて興味深かった。文学研究を志す方にはぜひ読んでほしい、刺激的な本である。

2006/06/11

終了!

ビョン監督が語る  ビョン監督と語る  映画!はおもしろい」のイベント終了。

いやあ、終わった、終わった。
ふだん人前に出ると、終わったあとは、落ち込んだりハイになったり精神上よくないのだけど、今回は、コーディネーターという立場で段取りにはかなーり気をつかったものの、あんまり考えたり話したりしなかったためかな、平静な気分。
講演、シンポジウムともに、時間内に、面白い話題が出てきて、イベントとしては成功だったと思う(自画自賛)。みなさま、お疲れさまでした。

ビョン監督の講演「ドキュメンタリー映画から劇映画へ」は、ジャンルの移行は自分のなかではごく自然だったということ、ポジティブな映画を目指すという点では、「ナヌムの家」も、劇映画も変わらないのだ、という話だった。
女性が大きな仕事をしていく上で、脱皮していく過程が見えてきて、たいへん刺激的だった。また、原作との対話をし、変奏させていく映画作りの面白さも、具体的に伺うことができた。

シンポジウムの方は、サロンシネマ主宰の蔵本順子さん、映画エッセイストの袁葉さんも加わって、話題が広がっていった。映画の興行上の問題、韓流映画の特徴や、韓流ブームがビジネスとして扱われることの危険性から、具体的なビョン監督作品の分析まで、多岐にわたり、かつ深く語られて、参加された方にとっても有意義だったと思う。

「密愛」の描写は、ビスコンティの映画や、印象派の絵(とくにモネ)を意識したということ。またビョン監督は夏目漱石の小説が好きで、監督の作品に登場する男性は、浮遊し迷いのある漱石の男性たちが下敷きになっているという話など、興味が尽きなかった。
また、「いい劇場がいい映画を作る」ということも何度も繰り返された。シネコンは確かに便利で私も利用するが、弊害も大きい。シネコンによる売れる映画の選別に負けず、サロンシネマ・シネツイン(そして、広島で言えば横川シネマも忘れちゃいけない)のような良心的な映画館をずっと応援しつづけたいと、心の底から思った。

それにしても、みなさん、とても素敵な方々ばかり。シンポの内容もだけど、人として知り合えてよかった!

さて、19時からはホテルフレックスで打ち上げ会。もう少ししたら、また行ってきます。

2006/06/10

「僕らのバレエ教室」

サロンシネマ2にて、ビョン・ヨンジュ監督の「僕らのバレエ教室」の初日を観る。
(6月16日まで、16時10分~。2時間)

ひょんなことから区民会館のバレエ教室に通わざるをえなくなった18歳の少年の、冬休み期間に繰り広げられるドラマと成長を描いた青春映画。
大学受験、恋愛、労働、共同体のなかのどうしようもない社会的偏見、家父長社会での父子関係など、さまざまな問題が扱われる。さわやかで、楽しくて、ほろにがくて、せつなくて、きゅんとする。
よかった。私は、好きな映画だ。

初日で、監督の舞台挨拶と終演後の質疑があった。

「密愛」は30歳の女性を主人公にしたファンタジーだったが、「僕らのバレエ教室」は18歳の少年を主人公にした現実的な話であり、生きることの哀しさ・寂しさも描いている。18歳の冬休みに、なぜ大人にならないといけないのか、大人になってどう生きるのかを、周囲になりたいモデルがいない中で模索する物語だ。〔なるほど、「密愛」はファンタジーだったのだ。それでわかるところが多い。〕

青春期の成長映画としては、「ウォーターボーイズ」の影響を受けた。〔これは、ちょっと日本向けのリップサービス?〕

若い俳優を使ったけど、この映画のあとで有名になった人たちが多くて、今このメンバーで映画を撮ったら、人件費が10倍ぐらいかかっただろう。〔!〕  主演のユン・ゲサンは、現在(徴兵で)軍隊にいるが、歌手から俳優へと脱皮しようとする過程がこの役と重なり、意欲的で、意図をよくわかってくれるいい俳優だった。

サロンシネマは、今日・明日の二日間は全席指定なのだが、2階にも客が入って盛況だった。若い女性が多い。上映後の質疑では、俳優のファンだという女性たちから質問が相次いだ。もう少し映画の意図を聞きたかった人も多かったかも・・。そういう方は、ぜひ明日のイベントへ。
(なお、舞台挨拶は、今日・明日の二日間のみ。明日は、上映後にまとめて挨拶と質疑の時間をとることに段取りが変更されるもよう)。

Pyeon さて、映画のあと、明日のシンポジウムの打ち合わせ。サロンシネマの奥に、あんな立派な和室があったなんて。(監督の本にサインしてもらっちゃいました。写真の左下です)。
打ち合わせは、ビョン監督と通訳として同行された田端かやさん、サロンシネマ主宰の蔵本さん、映画エッセイストの袁さん、そしてひろしま女性学研究所の高雄さんと。
先日、高雄さんとは打ち合わせをしていたのだけど、なんやかんやで若干変更することに。コーディネーターとしては心配もあるけど、話せる方々ばかりなので、まあ、何とかなるでしょう。一映画ファンとして、楽しみたいし、面白くしたい。

その後、ビョン監督・田端さんをゲストにした、イベントスタッフの夕食会にも参加させてもらう。市と県の女性センター職員がボランティアでかなり入った豪華メンバー。
ビョン監督は、磊落かつ、クレバー。
スタッフの質問に応じて、作品について(男の子を主人公にした意図など)、かなりつっこんだ解説をしてくださり、また、父との関係については映画化できても、母との関係は描くことができない、といった話も。
ただ、硬直化したフェミニズムについてはうんざりしている印象。とくに大学人には不信感をもっている印象を受けた。ドキュメンタリーから劇映画へ移行する過程で、色々な軋轢があったのかも。

それにしても、映画監督というのは、ただ映画を撮ればいいというものではなく、製作意図を俳優やスタッフにも伝え、また広報・宣伝のためにも、言語による的確な説明能力が必要とされるのだ、という当たり前のことを実感。そしてまた、すべてを統括する責任をとれる豪胆さと、人を惹きつけるカリスマ性というかオーラも。
本当に魅力的な人だ。また、今回は通訳に徹していた田端さんも。

それでは、最後にもう一度、イベント(11日13時~16時。WEプラザ)の宣伝をば。お時間のある方はぜひどうぞ!
また、終了後、ホテルフレックスで打ち上げ会もあり、監督とお話もできるよいチャンス。こちらもぜひ。(会費2,000円)

---
〔2006.6.11追記〕
本日の「僕らのバレエ教室」は、全席指定。見ようと思われる方は、イベントの前に、あらかじめサロンシネマに立ち寄って、指定席を購入されておくことをお勧めします。
朝日コム

2006/06/08

教育実習

ただいま教育実習期間中。今日は、チューターをしている学生の授業を見に行ってきた。
今年度はチューターをしていて教職科目をとっている学生はもう一人いるのだが、残念ながら私自身の授業日と重なって見に行けない。申しわけない。

さて、今日の授業は、教材研究がよくできていたところがよかった。
宮沢賢治の「永訣の朝」がテキストだったのだが、アンチョコ本に頼ることなく、詩の表現も内容も、しっかりと把握しきっているということが、授業を見ていて伝わってきた。授業自体も、生徒に読解作業をさせるポイントがしっかりしていたし、前回生徒から出たらしい誤読への説明も丁寧になされていて、授業内容は安心して面白く聞くことができた。
温かい人柄も出ていたしね。

あとは、もう少し生徒に注目させる力、ガツンと目を覚まさせる工夫があってもよかったかな。授業開始早々のツカミが意外に大事なのだろう。
貴重な高校生たちの時間をもらって実習させてもらっているのだもの、もう少し残っている実習期間中に脱皮して、また大学に戻ってきてほしいなあ。

私自身も、清々しい授業を見せてもらって、リフレッシュできました。

2006/06/06

「密愛」

B00014N7LE 密愛 スペシャル・エディション
キム・ユンジン ビョン・ヨンジュ イ・ジョンウォン
ハピネット・ピクチャーズ  2004-06-25

by G-Tools

またしても、ビョン・ヨンジュ監督イベント準備のため、監督が、社会派ドキュメンタリーから、劇映画へと転身した作品「密愛」を見る。
仕事を終えた平日夜、家族が寝静まったあとのリビングで、イヤホンつけてDVDで見るには、やや濃厚な作品だ。「激情ラブストーリー」のサブタイトル。これぞ韓国映画という感じのストーリー展開。

映像特典の監督インタビューによって、意図はわかった。女性のアイデンティティ確立の物語だし、セックス描写も男性中心のものではない。
「シュリ」のキム・ユンジン主演。相手役のイ・ジョンウォンは、モロボシ・ダン(古っ)の森次晃嗣にそっくりで、とても丁寧な性愛シーンを作っていた。

とはいえ、なかなか感情移入しがたし。ベタな展開だし、結局、ヒマだから心の空洞だの倦怠感だのが埋められないのだ、と言いたくなっちゃって。(ああ、いかん。余裕がない生活を送っているから、心がトゲトゲしてる・・)。
だけど、にもかかわらず、あとを曳くような、自分の心のどこかをひっかかれた感触は確かに残っているのだ。

それにしても、なぜ、これを「ナヌムの家」の監督が撮ったのか?と思いつつ、見ていた。
その解答の一端は、『アジアで女性として生きるということ―韓国女性映画監督・ビョン・ヨンジュの世界』にも書かれているみたいだけど、まだ読んでる途中なので、また今度。

2006/06/04

「ナヌムの家」

未明に、突然激しい腹痛。嘔吐と下痢で、どうなるかと思いつつ、意識がブラックアウト。今日は一日寝ていた。(多分、賞味期限の切れたグレープフルーツジュースが原因。情けない・・)。
プールに行きたいという娘とクアハウスに行く約束を昨夜していたのだが、駄々もこねずにおとなしくしていたらしい。私をおいて二人で行けばよかったのに、とダンナに言うと、トイレの側で死んだようになっているのを置いて行けるか、だと。いやあ、ちゃんと布団の上で寝ましたよ。しかし、すまぬ、娘よ、再来週、行こうね。

夜に入って起き上がり、おかゆを食べてから、シンポの準備のため、お借りしていたビョン・ヨンジュ監督の「ナヌムの家」のビデオを見る。

撮影は1994年。もう10年以上も前の慰安婦=挺身隊問題が、全く解決していないのにガクゼンとする。死ぬ前に祖国に一度帰りたい、と言っていた武漢の三人は帰ることができたのだろうか。
「恥ずかしい」という気持ちを乗り越えつつ、「死にたい」とも思い、このままでは死ねないとも思い、訴えかけ、日常を送り、そうした、ナヌムの家に住まう六人の今が映されている。スローガンも大切だが、それより絵や歌、踊りにこそ、彼女たちの今の思いがにじみ出ている。

映画の基本姿勢は、問題を過去のことに閉じてしまわない、今なお現在のものだということ。カメラワークも安定していないけど、人によりそう暖かさと、訴えかける強さが印象的だ。
「アジアで女性として生きるということ」という映画のサブタイトルが重い。

2006/06/01

「白夜の女騎士(ワルキューレ)」

・2006年5月7日(日)~30日(火)
・シアター・コクーン
・作:野田秀樹
・演出:蜷川幸雄
・松本潤(空飛びサスケ)、鈴木杏(眠り姫(おまけ))、勝村政信(その後の信長)、六平直政(大写真家(神様))、立石凉子(ポジ(神様のかみさん))、杉本哲太(巨人1(ライト兄)/右田刑事1)、高橋洋(巨人2(ライト弟)/右田刑事2)、山口紗弥加(ワル!)、持田真樹(キュー)、濱田マリ(レ?)、たかお鷹(ペニスの商人)
公式ページ初日レポートに舞台写真アリ)

野田戯曲の蜷川演出。それだけでも事件だが、20年前の遊眠社時代の初演を見た者としてぜひとも体験したい舞台だった。
さらに、初日から数日後に、扇田昭彦氏の劇評が朝日(2006/5/11)に出たのも、見たいという欲望に拍車をかけた。

  今回の蜷川幸雄の演出は画期的である。21年前に劇団夢の遊眠社が初演した野田秀樹の戯曲「白夜の女騎士」がまったく新しい、一種驚くべき形で姿を現したからだ。この新演出は、笑いと軽やかな身体性など、一般には「表層の戯れ」のドラマと見られがちだった 1980年代の野田戯曲を本格的に見直すことにもつながるはずである。(略)

  これは作者の野田自身には不可能な、先行世代の蜷川だからこそ出来た解釈であり、そのことによって、野田作品の底流に潜む市民社会批判のモチーフがあらわに浮かび出た。少なくともこの舞台以後、80年代の野田作品はこれまでとは違う姿で見えてくるのではないか。最近の蜷川演出の中でも、これは特にエネルギーを傾注した意欲作と言っていい。

ここまで書かれちゃね。
幸運にも当日券を入手(ン回のチャレンジ)

やはり、野田秀樹の演劇世界が私は好きだ~。イマ風の芝居と比べて、とても居心地がいい。
しかし、今回は野田戯曲でありながら、蜷川演出。もう20年前の記憶はほとんどないが、それでも野田ワールドが作り直されていることに、興奮を感じる。

遊眠社時代の芝居は、若さと躍動感にあふれ、猥雑な部分すら透明。言葉遊びに満ちたセリフはすっと耳を過ぎ去り、自由に解釈できる多義的な世界だった。基本的には、少年を素材に、ヒトが己の力を越えようとすることがテーマであり、神話性の色濃い舞台だったと記憶している。青みがかった透明で、全編ワーグナー、ワルキューレがかかっていた印象の強い野田演出。

対して、蜷川演出では、若い役者だけではなく成熟した役者がある程度いることもあり、スピードはやや抑えられ、言葉遊びやト書きすら舞台左右のスクリーンに写して念押し確認できる。1960~70年の闘争の時代を具現化した蜷川の戯曲解釈が全面に押し出されて一つの強固な世界を形成。3度のフライングのたびに真紅の照明で、旗がうちふられ、ワルシャワ労働歌がかかる。(ワルキューレの騎行は、多分カラヤン)。

野田ワールドへのノスタルジーは抑えがたいが、蜷川のワルキューレも、たいへんな力業ですばらしい。熱気と、舞台全体が一体化したようなチームワーク。
ケレンみたっぷりで、とにかく劇場に入ったときから、ワクワクさせられる。ステージ奥が開放されて、劇場外の駐車場や道を歩く人々が見える。開演前から客席や舞台にはキャストが歩き回っている。ステージの上には大道具が並べられ、それが片づけられると同時に突然開演。あっという間に、野田 ×蜷川ワールドへと引きこまれていく。

サスケの松本潤は、無垢さと少年の懸命さが出ていて、気持ちよかった。決して器用ではないが新鮮で、舞台上での輝きもあった。ただ、私が見た回(27日(土)ソワレ)は、一幕はまだよかったのだが、二幕早々から声が掠れてほとんど出ない状態。痛々しかった。(カーテンコールでは、土下座。声が出なかったことへのお詫びだと思われる)。後半セリフに詩情をのせられなかったのはとても残念だったが、それを動きで補おうとしてのことだろう、力をふりしぼっていることが伝わり、最後のフライングも美しかった。万全の状態のときに、再度役者として見てみたいものだ。

その後の信長の勝村政信は、さすがの安定感。ときに野田的なセリフ回しも入れつつ、舞台全体を支えていた。富士山のセットで、命綱でぶら下がりながらの松本とのからみは、力もいるだろうに、爆笑させられた。
眠り姫の鈴木杏も、キュートで、ジュリエットのときより数倍生き生きとしていた。

神様一行、ライト兄弟、ワル・キュー・レ?の三人組を含めて、とにかくアンサンブルがよい。声が万全ではなかった松本を、チームでバックアップしている気概が感じられた。開演前に、客席で蜷川さんが上に役者が乗った脚立を抑えていたけど、あれは、脚立を富士山に見立て、俺がお前たちを支えているから安心して動け、ということなのだろうか。

さて、扇田は、蜷川演出では、野田戯曲を「劇全体を過激派の闘争の物語として読み直した」と言う。挫折した青年が、「次世代の少年に変革への願いを託そう」とした物語だというのである。

  つまり蜷川演出は、社会を「乱世」にするために闘い、挫折していく青年の物語を、この戯曲の主軸として浮上させ、拡大したのだ。当時の野田がめくらましのように過剰な遊戯感覚でおおっていた地層の下から、蜷川は重要な水脈を掘り起こし、それを激しく噴出させたのである。

  こうして、サスケの棒高跳びは「高飛び」=国外亡命に重ね合わされる。そしてサスケがフライングで宙を舞う揚面では、学生運動のデモなどでよく歌われた「ワルシャワ労働歌」が流れ、地下から出現したヘルメット姿の活動家たちが、旗を激しく振って声援を送るという、野田戯曲にはまったく書かれていない大胆な演出が登場することになる。60年代に青春時代を送った蜷川の世代から、挫折した活動家たちに寄せる重い鎮魂歌である。

春に上演した「贋作・罪と罰」のパンフレットに、野田が書いた学生時代の体験。芝居のビラ配りをしていた自分の横でビラをまいていた学生が、過激派どうしの抗争で殺されるところを目撃したこと。野田のなかにあった、核となる体験の重さを汲み取って演出した蜷川、そうした意図を的確に理解した扇田。作・演出・批評の力のすごさを、見終わって改めて感じた。
野田戯曲の多義性を、ただ一つの強烈な解釈へと収斂させた蜷川演出については、好みが分かれるだろう。私自身は野田の芝居の世界が好きだが、深層をここまで可視化させたブリリアントな蜷川演出には素直に脱帽である。

野田戯曲だけであれば、先行世代を越えようとする少年に、たとえばアングラ演劇から越えようとする野田自身を見ることもできたかもしれない。
だが、蜷川は戯曲のなかの暴力性、日常を破壊しようとする力を取り出した。野田は、パンフレットで、自分には「市民社会への憎悪」があるし、おそらく蜷川もそうだろう、と述べている。(そこで、野田・蜷川と三島とが通底していくのかも。)最近の芝居がつまらなくなったのは自分の分を超えようとしないからだ、とも野田は言う。

ワルシャワ労働歌が流れる赤い照明の中、ステージに開いた穴から上半身だけ出したヘルメットの過激派が旗をうち振る上を、いつまでも飛翔しつづける白シャツのサスケの姿は、美しい。2度の失敗の末、分を超え社会を変革しようとして倒れた者たちの上を、その者たちの期待を背負って、飛び続けるのだ。
蜷川演出は、1960~70年(三島がいた時代だ)へのオマージュであるとともに、閉塞してしまった今だからこそ、逃走=闘争心でもって己の分を超え飛翔せよ、というメッセージでもあるのだろう。
美しく、熱く、気持ちのよい芝居だった。

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    硬質なカシャカシャとした音が、バロックにとても合っていて、気分が落ち着きまする。
  • Karajan Spectacular
    カラヤン:

    Karajan Spectacular

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  • ワーグナー:名演集
    クナッパーツブッシュ/ウィーン・フィル:

    ワーグナー:名演集

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