「サド侯爵夫人」
帰広の前に、山中湖から高速バスで東京へ出て、「サド侯爵夫人」を観た。
・三島由紀夫全戯曲上演プロジェクト第一回公演
・2005年11月4日~13日 18:30~
・場所:東京国立博物館本館特別5室
・ルネ(新妻聖子)、モントルイユ夫人(剣幸)、アンヌ(佐古真弓)、シミアーヌ男爵夫人(福井裕子)、サン・フォン伯爵夫人(椿真由美)、シャルロット(米山奈穂)
・演出:岸田良二/美術:秋山正/照明:石井幹子
・衣裳:コシノジュンコ/ヘア:伊藤五郎/顔の美術:鈴木寅二啓之
⇒読売online
「サド侯爵夫人」は、三島戯曲の最高峰と断じて過言ではない作品だろう。
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サド侯爵夫人・わが友ヒットラー 三島 由紀夫 新潮社 1979-04 by G-Tools |
登場するのは、女性ばかり6人。舞台の上にはあがらないサド侯爵をめぐって、6人の女性たちの会話が繰り広げられる。
一般的な演劇にみられる、劇的行為は、この戯曲ではただ一カ所、最後に侯爵夫人がサドに会うことを拒絶することのみ。あとはひたすら、会話、会話、会話。
戯曲のあとがきで、三島は、「サド侯爵夫人があれほど貞節を貫き、獄中の良人に終始一貫尽くしていながら、なぜサドが、老年に及んではじめて自由の身になると、とたんに別れてしまうのか、という謎」をめぐる「論理的解明を試みた」のだと言う。そして、6人の登場人物は「惑星の運行のように、交錯しつつ回転してゆかねばならぬ」とも。
これを受けて、別役実は、この舞台で必要なのは「惑星の運行の軌跡」だけなのであって、「惑星自体は、むしろ見えない方がいい」。「これが役者の肉体に対してどれほど過酷な要求であるかは、言うまでもないであろう」と言う。(「三島戯曲の方法意識-「サド侯爵夫人」の構造」『国文学解釈と鑑賞』1974年3月号)
たしかに、むしろセリフそのものの論理性が最終的な目標であって、セリフを語る肉体は邪魔だとすれば、役者への過酷さは想像を絶するものがある。極端な話、舞台を見るより戯曲を読む方がいい、と観客にそっぽを向かれかねないからだ。
だが、役者にとって過酷なばかりではなく、この芝居は、観客にも多大な負荷をかけてくる。
耳にするセリフから、豊饒なイメージを脳裏に浮かべ続け、「惑星の運行の軌跡」をたどり、「謎」の「論理的解明」をたどりつづけなければならないのだ。それを3時間のあいだ、ずっと行ないつづける。しかも観客の脳内イメージ化を補助してくれるアクションは、ほとんどない。
これはけっこうキツイことだ。
三島戯曲の代表作であるばかりではなく、戦後戯曲の傑作ということになっている作品だが(演劇雑誌『シアターアーツ』創刊号での、演劇評論家たちによる戦後演劇ランキング・アンケートで1位をとった)、実は観るのはかなりしんどい。
私自身、最初に観たのが、東京グローブ座でのスウェーデン王立劇場のスウェーデン語による公演(同時通訳ガイドあり)というとんでもない舞台だったのだが、その後、一昨年の鐘下辰男演出の新国立劇場公演まで、過去4回、観劇のたびに気合を入れて、劇場に出かける、という感じ。
一般的な演劇はもとより、同じく詩劇である『近代能楽集』を見るときとも異なった、観劇に際して、ある種の覚悟を必要とする作品なのだ。
超一級の戯曲なのは確かだが、上演するには難しい芝居。アクションもほとんどなく、表面的な演出を観る楽しみが稀薄。つまりは、知悉している美的なセリフが役者の肉体を通って出てくるのを楽しむ作品。--私にとっての「サド侯爵夫人」は、そういった位置づけだ。
で、今回の舞台。
まず、驚きなのが、衣裳とヘアメイク、メイキャップ。つまりビジュアルが、すさまじい。
コシノジュンコさん(開演前に会場入り口でお見かけしたのだけど、たいへんなオーラを放っておられた)の衣裳は、なんと言えばよいのだろう。一般的な「サド侯爵夫人」のフランス貴族風公演衣裳(ベルサイユの薔薇的な)とは全く異なっている。
金属質の生地 。色としては、金・茶系、銀・グレー系に黒・白のモノトーンの組み合わせ。
最初に登場する、悪徳のサン・フォン夫人は胸元が毛皮で長い上着と乗馬ズボン、美徳のシミアーヌ夫人は太い筒状のコルセット風スカートの下にさらにロングスカート、といったいでたち。ルネも、黒を基調に、金茶の長いループがコルセット風スカートに重ねられている。シャルロットのエプロンなどはプラスチック状。とにかくコシノジュンコの世界!としか言いようのない衣装。
伊藤五郎のヘアメイクもすさまじい。
みんな髪がボリュームたっぷり。顔の倍以上の大きさで横や縦に広がっている。
サン・フォンは普通の巻き毛だけど、シミアーヌは頭の上に大きな巻き貝状のカツラ。ルネの髪は、「?」というべきか「3」というべきかの形。モントルイユ夫人の頭は大きなハート状だし、アンヌには、大小4個の繭玉のような丸形のカツラがつけられ、大きなリボンが飾られている。シャルロットの髪は、金属的な赤色でコイル状にまきつけられている。
パンフレットに「顔の美術」とあるように、メイキャップもなかなかポップ。頬紅などの入れ方やアイシャドウもユニーク。
ルネ役の新妻聖子さんの日記(9月6日の項)に、
いや~ルネの衣装がとんでもない事になってます!コシノジュンコ先生のデザインされたドレスは、衣服の枠を越えたひとつのアート作品。限りなくエロティックで超カッコイイです!!!伊藤五郎先生のヘアメイクもユニークで最高にクール!!!もうビックリマーク3つ付けちゃったけど、本当に素敵なんです!これは俄然本番が楽しみになってきましたよ~。
とあるけど、本当に、衣服やヘアメイクの「枠を越えたひとつのアート作品」「ビックリマーク3つ」ものなのだ。最初に登場したときには、目が点になっちゃった。
とくに美徳のシミアーヌ、そして主役のルネは、これまでは、どちらかというと白や茶を主体にした清楚で大人しめの衣装がおおかっただけに、ビックリ!!!
この衣装の写真が出たら、演劇雑誌を購入せねば。(ネット上に出てくれるといいのだけど)。
・・というアートな衣装が、セリフの論理をイメージ化しつづけている観客の目をずいぶん楽しませてくれた。ともかく最初は、なんじゃこりゃ!の驚き一色だったのだけれども、次第に、アートを愉しむ気持ちになってきた。衣裳やヘアの奇抜さが、初演と同じだという帆布にロココ風の密画が描かれただけの背景と合っている。
そして、ルネの新妻さんはミュージカルを得意とする方だけあって、セリフがとてもクリア。透明な声に情感がこもり、第2幕の性的なセリフも難なくこなしていた。モントルイユの剣さんも同様。立ち姿も美しく、ルネやサン・フォンとの対峙も毅然としていてよい。
全体に動きはさほどないが(この芝居では、動きのつけようがない)、役者の声がキチンと伝わってきた点は評価できる。
セリフを確実に伝えるためか、ビジュアルにはこだわっていたけれども、効果音・音楽は一切なし。これも、いっそ清々しかった。
照明は、第2幕の赤が印象的。他の幕も、丁寧な仕事だと感じられた。
私の中で、「サド侯爵夫人」については、自分で戯曲を読む以上によくて、感動して、これが決定版だ、という舞台には正直なところまだめぐり逢っていない。だが、今回の舞台は、かなりよかった、と素直に言える。
博物館で演劇を行なう試みも、美術品的な衣裳やヘアメイク、メイキャップなどとも相まって、面白かったと思う。
ただし、観客席から舞台が決して見やすくはなかったことは減点。前から4列目の中央やや左寄り、という、通常ならばかなりよい席だったのだけど、前列の人の頭で見えない箇所がかなりあった。前から8列ぐらいまでは平場で、舞台もさほど高くないためだ。
舞台には長椅子二つと椅子二つがおいてあり、役者は腰かけていることが多い。私の席からだと、左側の長椅子に座った役者が、まったくの「声は聞こえど姿は見えず」状態になってしまうのだ。他の観客も見えない部分があるのだろう、しきりに頭を動かす人もいた。
セリフ劇で、役者の姿・アクションが見えなくとも筋の展開の理解にさほどの影響はないと言えばそれまでだが、それならば朗読劇でもよいわけで、どの席からでも、舞台全体の構図を俯瞰し、衣装などの美を楽しめるように設営すべきだろう。
さらに、トイレの問題も。
3幕3時間の芝居で、休憩が2回入るのだが、休憩のたびに女性トイレがシャレにならない長蛇の列。個室が5つしかないのだから無理もない。仮設トイレを入れるとか、別棟に案内するとか、工夫が必要だろう。休憩は10分間ずつだったはずが、トイレから観客が戻ってこないため、倍以上に延びて、終演時間も記載されていた予定時間よりも若干遅くなった(9時40分ぐらいに終了)。
とはいえ、博物館での観劇は気持ちのよい体験だった。
会場入り口付近には、これまでの「サド侯爵夫人」公演ポスターが3枚、美術品のように展示されていた(写真を撮ってよいか確認して、撮影)。シャンパン(ヴーヴ・クリコ)のグラス販売もあり、優雅優雅。
また、上演前に、博物館本館や庭園で「光と音のインスタレーション」が実施されていた(照明:石井幹子/音楽:三枝成彰)。
建物や紅葉した木々がライトアップされて黄や赤色で浮かび上がり、本館の壁面に音楽とともに、三島由紀夫にちなんだイメージが映されていく。三島の肖像、能面、金閣寺、潮騒、などなど。
三脚がなくて写真がボケちゃったのが残念。だけど、博物館という空間全体で一つのパフォーマンスを見せてくれる姿勢が感じられ、芝居への期待が高まる催しだった。
⇒「しのぶの演劇レビュー」さんと、「This Is Kate」さんに、トラックバックさせていただきました。
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〔2006/1/26後記〕
コシノジュンコさんのページに舞台衣裳の写真がありました。
(Topics-→November 13, 2005)
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