記事紹介:『禁色』映画化案
三島の『禁色』映画化構想案の存在が明らかに、という記事。
今朝の朝日朝刊で読んだのより、web上の方が詳しい。
朝刊のタイトルは、「三島「禁色」の配役構想/「山村聰主演、岸恵子も」/振付師の友人へ書簡」だった。
(太字が、朝刊(大阪本社版10版)になくて、webのみの箇所)
⇒朝日コム
「禁色」映画化案、三島由紀夫の書簡見つかる
2005年09月03日15時40分主役は山村聰で、岸恵子も起用――。没後35年となる作家・三島由紀夫が、自作の小説「禁色(きんじき)」を映画化するならこんな配役で、と友人に書き記していた書簡の存在が明らかになった。三島の映画通ぶりを示す、珍しい一通だ。
書簡は1954(昭和29)年12月14日、東宝の振付師をしていた友人の県(あがた)洋二さんにあてたもの。近況うかがいなどに続き、「この前某プロデューサアと話の序(つい)でに、禁色映画化、原作、脚色、監督三島由紀夫といふ案が出て、それを肴(さかな)に、大分話に華が咲きました」と記されている。
「禁色」は51~53年にかけて文芸誌に連載。老作家・檜俊輔が同性愛者の美青年・南悠一を利用し、鏑木夫人ら自分を苦しめた女性たちに報復を企てる。同性愛者の主人公という、従来の日本文学であまりなかった設定が、センセーションを呼んだ。
書簡では、「俊輔は山村聰、鏑木夫人は三浦光子、悠一夫人康子は岸恵子、悠一は一般募集といふことになりました」と配役について述べた後、「こんな冗談がいつか実現したら日本も大した国ですが」と続いている。
岸さんは、書簡の前年の「君の名は」で国民的スターに。山村さんはこの年、成瀬巳喜男監督の「山の音」で好演、三浦さんは戦前から100本以上の映画に出演していた。 書簡は、三島との交遊が深かった県さんが所有していたもので、最新の全集にも収められていない。古書店主の幡野武夫さんが買い取り、07年に山梨県塩山市に自ら開館する「笛吹川芸術文庫」で、公開する予定だ。
三島研究で知られる井上隆史・白百合女子大助教授(日本近代文学)は「気のおけない友人相手のくだけた雰囲気が伝わる興味深い書簡で、映画になってほしいという願望もこもっていたのではないか」と話す。
今年10月公開の「春の雪」をはじめ、「潮騒」「金閣寺」(「炎上」)など三島作品の映画化は多いが、「禁色」は一度も映画化されていない。
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