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2004/10/07

こまぎれ時間

共働きと言っても、子どもがいないときには簡単だった。
家事は分担して、でも、例えば夕飯が作れなかったら外に食べにいけばよい。(というつもりだったけど、意外にも、平日はほとんど外食せずに殊勝に交互に作っていた。別に何時までに食べ終わらなきゃいけない、てわけでもないし。)洗濯や掃除をする時間がなければ、ためておけばいい。(これまた意外にも、わりとキチンとやっていたものの)。
ダンナも同業者なので、休日はどちらかの勤務先に昼食を持って一緒に行って、遅くなるまで仕事をしていた。

妊娠中も同様で、私の場合には順調で体調もよかったので、なるべく散歩して身体を動かし、鉄分を含んだ食事をし、予定日の2週間前ぐらいまで勤務していた。(産前休暇は産後に回せるため)。
で、育児休業中は研究休暇になる、ぐらいにのどかに思っていた。
それがあまりに大きな勘違いだとわかったのは、生れてすぐだったわけだが、その話はまたの機会に。

1年間の育児休業をとり、職場復帰してから、育児と仕事をどのようにこなすかはやはり大きな課題となった。
技術的にどのようにこなすかも重要なのだが、もう一つ気もちの問題がある。

社会学者の瀬地山角の「男のプライド?」というエッセイを読んで胸をつかれた。

  夕食の支度をしていたら、突然涙があふれてきた。タマネギを切っていたのではない。地の底に落ちるような恐怖感に襲われて、その場に座り込んだ。学位論文の重圧から抗うつ剤を処方してもらっていた頃に、経験した感覚だ。

  マラソンの翌日のような倦怠感が連日続く。メールを見るのが怖くて、パソコンも開けなくなった。これはまず、仕事を断らなければいけない。原稿などの依頼を断ろうとするのだが、これが難しい。連絡自体がおっくうで、もたもたしていると、次から次へと催促が来て、よけいに追いつめられるのだ。

  求められる仕事に自分の能力が追いつかないときには、能力を上げるか、仕事を減らすかしかない。元気ならともかく、この状態でエンジンの出力をあげると、飛行機は墜落してしまう。

 子どもが生まれ、保育所の送迎や夕食の準備に追われるようになった。ジェンダー論を志したのだから、育児に関わることは、望むところなのだが、研究は進まない。何をしてるんだろうと考えているうちに、この落ち込みがやってきた。子どもはいいわけかもしれない。連れあいも十分に家事をしてくれるのだから、世の働くお母さんより恵まれているはずなのに、キリキリ舞いする飛行機を操縦しているような気分だった。

そうだよなあ。ウチだって、子どもは一人だけだし、ダンナと分担してやっていて、十分恵まれているはずなのに、なんだか自分だけものすごく不合理な目にあわされているような、自分は何をやっているんだろうという落ち込みがあったし、今でもある。
子どもはかわいい、でも、子どもがいなければもっと自分はできていたはずなのに・・・などという思いがしてくる。
(実際に子どもがいなければ本当に怠けることなくやっていたかは不明なのにもかかわらず)。

私の場合、鈍いので、瀬地山氏のように抗鬱剤を処方してもらう、といった感じではない。でも、取り残されているような気分は十分にあったし、今でもある。ジェンダーなんぞに関心をもち、育児は大変だということを知ってはいても、それは頭で知っていただけで、やってみなければ実感できず、実感できたときにはもう後戻りできない。

いちばん苦しいのは、時間がこまぎれでしか使えないということだ。
以前は、一つの仕事をしているときに、(もちろん学生時代のように、ずっと好きに時間が使えるわけではないにせよ)、勤務にさわらない限り、それこそ寝食を忘れて没頭することができた。
でも、子どもを育てていると、(私の場合には、「当番」のときだけにせよ)、時間がくれば食事を作って食べさせるのを筆頭に、しなくてはならないことが次々ある。前夜遅くまで仕事をしていたって、朝決まった時間になれば起きてご飯を食べさせ、洗濯をしなくてはいけないのだ。どうしたって、自分が使える時間がこまぎれにならざるをえない。

そして、これはものを考えるときにかなり痛いことだ。
昔々、学生時代におよばれされた先輩女性の結婚式のときに、恩師が「研究者はぼーっと考える時間が必要です。はたから見ると何もしないでただ怠けているように見えるかもしれませんが、それは大切な時間なのです。ぜひそうした時間を与えてあげてください」みたいなことをスピーチをされ、相手方の家族の協力・理解を求めておられた。学生の頃は、そんなものか、と思っただけだけど、それは実に配慮のゆきとどいたお話だったと実感するし、またとくに女性がまとまった時間をとることがいかに難しいかということでもある。

あるいは、野口悠紀雄も、創造的な仕事のためにはまとまった時間が必要だ、といったことを書いていた。
でも、誰かが創造のための「まとまった時間」をとるためには、(その人の食事づくりなどももちろんだが)、子どもがいた場合には、別の誰かが育児に当たらなければならない。野口さんの場合、誰がその任に当たっていたのかは知らない。が、多くの場合、男性が仕事のためにまとまった時間をとり、妻がそれに奉仕する。
高群逸枝に対する夫の献身といった逆例もあるが。

我々の場合、性別役割分業ではなく、つまりどちらかがどちらかに、金銭的にあるいは家事労働を奉仕するのではなく、「男も女も、仕事も家事・育児も」でやってきている。それは自分たちで選び取ったやり方だ。
しかし。
自分のことだけに時間を使える人が妬ましく思えることもある。(それだけやってればいい人なんていない、ということもわかりつつ、理不尽にもね。)

智恵子の狂気の原因を、光太郎との関係に見た、駒尺喜美の卓論もあった(『魔女の論理』「『智恵子抄』は光太郎の贖罪の歌」)。駒尺は、光太郎の書いた「智恵子の半生」から、女中もおけない貧しい生活のなか、彫刻家と画家のカップルの生活のなかで、光太郎からみれば「いつのまにか」智恵子が自分の油絵創作の時間を削って家事を担ったこと、それには相当の葛藤があったであろうこと、そして苦し紛れにこまぎれの時間でできる機織りを選んだこと、が、指摘されている。鋭敏な智恵子にとって、そうした軋轢は狂気をも誘うものだった。ジェンダーの闘争。

以前、平山郁夫の新聞記事で、芸大で同期生の妻の方が成績がよかったのだが、彼女は美術をあきらめて平山の仕事を支えた、みたいなことが美談として載っていたのを見た記憶もある。

てなことをうっすら考えていると、突如として村上春樹の『風の歌を聴け』冒頭付近の印象的な一節を思い出す。

夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。
そして、それが僕だ。

・・私も、そんな卑俗で中途半端な仕事しかできないのだろう。
たっぷり時間をとって、まとまって考えるなんてことは、今はできない。

でも、負け惜しみかもしれないけど、育児も家事も実際にしていない人間の「高邁な」文学研究とは違うのだという思いもある。
「生活者の論理」などという概念が出されることがある。正論だけどひよわな「知識人の論理」と対比させて称揚されるわけだが、そんな概念を唱えるご本人は、家事・育児もまったくやらなかったりするわけだ。
「生活者の論理」と「知識人の論理」を兼ね備える、そんな仕事をしていきたいなあ。

なんだか、全くまとまらない文章の垂れ流しだけど、エイヤっとアップしちまおう。
それにしても、こんなことぐだぐだ書いてる間に、仕事しろよ。<自分
ま、こうやってグチ書かないと、なかなか取りかかれないということで、目下のところの課題は、こまぎれ時間をいかに有効に有機的に使ってまとまった仕事をするかということ。
やはり「早起き」法かしらね。

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