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2004/09/19

映画『父と暮せば』

★『父と暮せば』をやっと観ることができた。
原作:井上ひさし、監督:黒木和雄、出演:宮沢りえ・原田芳雄・浅野忠信

よかった。近年、原爆を取り扱った映画としても、演劇作品の映像化としても出色の出来だ。
広島の原爆投下から3年後の4日間。登場人物は、ほぼ2人。
生き残ったことに負い目を感じ幸福になることを拒絶する娘の前に、原爆で亡くなった父の亡霊が、恋の応援団長として現れる。

井上ひさしの原作戯曲がしっかりしている。加えて、極限を体験した者のその後の日常を淡々と映しながら、あの日へと迫り、また生への意欲を取り戻す結末へと見事に運んでいく、演出と役者の力。決して奇をてらうことなく、かつ斬新な映像。いずれもしみじみと胸にせまるのだが、とくに強く感じたのは、役者の「語り」の力だ。。

広島人としては、最初、宮沢りえの広島弁が少したどたどしく違和感を感じた。だが、途中からまったく気にならなくなった。爆死した友人の母を訪ね、最初は歓待してくれた彼女が、しばらくして「うちの子じゃのうて、あんたが生きとるんはなんでですか」と言ったということを語るくだりは、劇の世界に引き込まれていった。
対して、原田の広島弁は最初からきわめて自然で自在。亡霊でありながら、暗くなく、ひょうひょうとして娘を思う人間味のある父を見せた。楚々とした宮沢の力をうまく引き出し、深刻になりがちな物語をコミカルに味付けし、観客を厭きさせることなく結末まで運んでいった。さすがベテランの力量。また途中、エプロンをつけて一寸法師の寸劇の中に原爆瓦を取り込んだ物語を語る場面は、一転してすさまじさを見せた。

原爆投下のシーンは、CGや丸木夫妻の原爆の図なども入れていたが、基本的には語りの力だけで再現していった。私は、これまで、語りの力によってそこにないものを見せる演劇とちがって、映画は映像でモノを見せてナンボだと思っていた。だが、この映画は、語りの力によって観客の想像力に訴えかけ、像を結ばせることに成功している。

比較するのは酷かもしれないが、対照的だったのが、吉田喜重監督の『鏡の女たち』。2年前のあの作品でも、語りの力によって、「あの日」を再現させようとしていた。岡田茉莉子演ずる母が、生き別れた娘と思われる女性(田中好子)に元安川のほとりで原爆投下の日のことを語るのだが、そらぞらしさのみを感じた。(そうした感想は私だけではなく、『月刊家族』206号に、広島の女性たちの映画評が(私のも含めて)掲載されている)。
外国受けを狙ったとしか思えないヘンに象徴的なモノが散りばめられ、重要な場面として使われた海は全く瀬戸内海には見えず(あれはどう見ても日本海の荒波!)、広島に住んでいる者から見るとヘンな場所がロケに使われ、また主人公の生活水準が不必要に高いこともあいまって、まったく映画の世界に同化することができなかった。とにかくリアリティが希薄で、だから、語りの場面で泣かれても、違和感のみがつのってきたのだ。

それに対して、『父と暮せば』は、一つ一つがきわめて自然で胸にせまってきた。語りの力を最大限に引き出した映画であり、きのこ雲の下の一人一人の生活・悲しみ・思いを描き出している。

娘の「幸福」が「男性との結婚」とイコールとして示されることは、ジェンダー的に見れば問題にすべきかもしれない。近年、原爆文学や映画をジェンダーの視点からとらえ直す動きが出てきている。『黒い雨』や『夢千代日記』などが俎上に登っている。
だが、この当時の一般人ならば当たり前の、ごく普通の幸福でさえも、被爆者が抑圧せざるをえなかったことを示すのに、結婚・恋愛を扱うのは十分に意味がある。児童文学『さっちゃんの まほうのて』にも、同じ思いを抱いた。手に障害を持った子が、ままごと遊びで母親役をやらせてもらえない疎外感を抱く。女の子に母親役割が押しつけられていることを追究することは必要だが、障害児や被爆者には、そうした選択の自由すら与えられない。次元が違う問題なのだ。文学は、映画は、演劇は、そうした個別の人物の、心のひだの悲しみをこそ扱うべきなのだ。そうした点でも、『父と暮せば』を、私は評価したい。

最後に、娘の恋の相手役・浅野忠信について。ほとんど画面には登場しないが、朴訥な青年を演じて存在感を示した。それにしても焼け跡の中、原爆資料を車で運ぶ姿は、『白痴』のまんま。焼け跡が最も似合う若手(中堅?)男優だなあ。。

ともかく皆さんに観ていただきたい映画だ。

〔2005.6追加〕
B0007WWG0S父と暮せば 通常版
宮沢りえ 井上ひさし 黒木和雄 原田芳雄
バンダイビジュアル 2005-06-24

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B0007WWG0I父と暮せば プレミアム・エディション
宮沢りえ 井上ひさし 黒木和雄 原田芳雄
バンダイビジュアル 2005-06-24

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