Google検索


  • NAGIの小箱 を検索
    WWW を検索

おすすめの本_

ジャンル別


  • 文学・評論

  • 女性学

  • こども


  • 三島由紀夫占い:今日はこの本を読むといいことがあるかも
フォト
無料ブログはココログ

« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »

2004/09/28

森村桂さん

作家の森村桂さん死去

「天国にいちばん近い島」や「違っているかしら」など、OLだったころの妹が買ってきた文庫をよく読んだ。
地理オンチの私はニューカレドニアなんて地名を聞いたのは、この本が初めて。甘いなー、というところもあったけど、「世間知らずのお嬢さん」のノホホンとした行動力がとても新鮮だった。

十数年前に、NHKの「今日の料理」に出演していたのを見たことがある。
軽井沢の自然がいっぱいの自分の家で、バナナケーキを作っていた。バナナも豪快につぶし、小麦粉はふるわないし、分量も適当、という素朴なお菓子が、いかにも「森村桂」らしかった。
同じシリーズの別の日に、ピアニストの中村紘子が出演していて、「夫君の庄司薫氏のホールインワン記念」というエプロンをつけて、なんだかおしゃれ・かつ大胆な料理を作っていたのと好対照で、とても印象深かった。

2ヶ月ほど前に、たまたま短大の授業中に話題になったけど、社会人受講生の方が昔読んだことがあると言っていただけで、今の学生は誰も名前も知らなかった。青春の一つのあり方として、ぜひ読んでほしいなあ、と話したのだけど。

記事によると、自殺らしいとか。生前の作品や純朴なお菓子からは、そういった死を選びそうな人には思えなかったが、人の内面は誰にもわからない。
ご冥福をお祈りします。

〔追記〕
鬱病をわずらっておられたようです。

2004/09/26

運動会今昔

娘の運動会があった。学校のグラウンド。体操服のたくさんの子どもたち。ライン引き。テント。大玉送りや玉入れ。放送。号砲。。。そして、娘が踊ったり、ころんでも懸命に走ったりしている姿を見ていて、自分の子ども時代を思い出した。
親子競技で、父親がラケットやお玉にボールをのっけて落さないように走っていたなー。父もまだ若かったんだ。
マスゲームや組み体操で、グラウンドに四つんばいになって膝をついて、掌や膝小僧に砂粒が食い込んで痛かった。本番はまだ気合が入っているからいいけど、何回も繰り返させられた練習時、痛くて心底嫌だった。ああいうの、今はなくていいよなー。
同じ広島市の小学校で、あー、こんなだったなあ、というところもあるけれど、違うところも多い。

場所取りに朝早くから繰り出している人がいるのは以前と一緒。
でも、お昼休みの雰囲気は大きく違う。昔は、午前の競技が終わると、グランドの回りに敷物しいて陣取った家族が持ってきたお弁当を、子どもも一緒に食べていた。がんばったところなどをワイワイ家族で話しながら、海苔巻とかおいなりとかちょっと特別なお弁当を食べるのは格別だった。今は、子どもたちはお弁当を教室で食べている。家族が来られない子どもに配慮しているんだろう。親になってみるとちょっと淋しいけれど、でも、それは仕方ないのだろうな。子どもにとっては、教室でみんなでお弁当を食べるのも楽しいものだろうし。
子どもとお弁当を食べるわけではないので、(お昼は、自宅が学校から至近なので食べに戻った)、ダンナと二人だけだし、敷物しいて座っている人たちの後ろに立って、見物・応援していた。そんな人たちもたくさんいた。街の小学校のグラウンドは狭くて、すべての人たちが座れるようなスペースもないしね。

で、娘や保育園時代からの娘の友達の分まで、「がんばれー」なんて大声で応援していたのだけど、違和感大ありだったのは、ビデオ撮りに夢中の親たち。
昔はせいぜいカメラで、それもデジカメじゃないから、惜しげなくそんなにカシャカシャ撮るわけでもなく、何枚か撮って、あとは子どもの競技を懸命に応援していたように思う。でも、今の親たちは、ビデオを三脚にセットして、子どもの姿をひたすら撮る。撮る。後ろに人がいようとおかまいなしで、一番前の席でも立ち上がって狙ったりね。
保育園の運動会では、ビデオ席という一角を設けて、ビデオ撮影の親たちはそこに集められていたのでよかった。

で、ビデオ撮影の親たちは、不要な声を入れないためなのか、撮るのに夢中なのか、声を出して応援しないのだ。徒競走とか綱引きとか、ワーワー回りが応援し歓声が上がっていたものだったけど、今の観客席は静かなもの。
わが子を応援するより、カメラを通して観察している感じ(ディレクター気分?)で、なんだか違和感を感じる今の運動会。
子どもと家族との関係が変わってきているのは、そんなところにも要因があるのかも。

2004/09/25

寄せ書き

kyoto.jpg
京都に旅行に行った連中が寄せ書きの絵ハガキをくれた。(「布だちする女房」だって)。
数名どうも酔っぱらってる文面もあるのも、またよろし。
かわいいにゃー。

2004/09/24

大河ドラマとジェンダー

……というわけで、見たいテレビドラマは録画して、というのが今のところのやり方。

新選組!』は、大河ドラマとしては久々に見ている。三谷幸喜脚本とあらば、演劇好きとしては見ざるをえまい。前回見ていた大河は、広島にちなんだ『毛利元就』。この年に娘が生れて、テレビ視聴もままならぬなか、やはりビデオに録ったりしながら、何とか見ていた。(何か理由がないと、テレビを見る気持ちにならないんだなあ。)

大河ドラマは、小中学生時代は好きだった。盛り上がった全盛期は、『新平家物語』と『国盗り物語』。原作はもちろん読み(大衆的歴史小説って長いものが多いのだ)、毎回欠かさず見て、仲代達矢さん、平幹二朗さんらの熱演に惹かれ、歴史好きになり、熱にうかされて(なぜか)宮島に通ったりした。
ちゃんと見始めたのは、その前作『春の坂道』あたりから。夏休みなどの長い休み期間は、私と妹は、母や父の実家の岡山県北にある祖父母宅に預けられていたのだが、従兄の本棚に前年の大河『天と地と』の原作本がおいてあり、夢中で読んだのがキッカケ。『天と地と』放映時には間に合わず、その年の大河の『春の坂道』を見て、はまった。もっと昔の記憶としては、『源義経』で奥州平泉に落ち延びた義経の家臣たちが互いに互いを刀で刺して自決したり、弁慶が体中に矢を受けながら大往生したりしたシーンをかすかに覚えている(ような気がする)。

閑話休題。『新選組!』も録画している。ところが、日曜夜は何かと忙しく、なかなか見られない。ひどいときには未見のものが5本分くらいたまってしまっていた。先週、子どもがキャンプに行ったスキにまとめて見た。山南さんの最期もようやく先週。それでもまだ「さらば壬生村」が終わったばかり。なかなか追いつかない。でも、楽しみにしている。

大河好き・新選組好きの人にとっては不評らしいけど、幕末の激動期に浮沈する人間ドラマとしては面白い。人が集合すると、どうしても思うようにことが進んでいかない不条理なさまが、とてもよく出ている。また、舞台の役者が多いのも楽しみの一つ。最近、野田マップもほとんどナマで見られないので、野田秀樹さんをテレビで見られるのもとてもうれしい。

ただ、見ていて疑問なのは、女性が出てくる必然性があるのだろうかということ。とくに優香が演じる深雪太夫=お幸。多摩のパートで妻や総司の姉が出てくるのはわかる。京都に舞台が移って、女性の出しようがない、だが視聴者はきれいな女性が出て来ないと承知せんだろう、なんて制作サイドのなめた魂胆でヒロインを無理やり作り出しているような気がする。
優香の演技を見ていても、ドラマの中での自分の必要性が実感できていないのではないか。性格付けのしようがないというか、印象が薄い。毎回、お幸と勇のシーンが浮いている。

ヘタにヒロインを出すよりも、思いっきり男性ドラマでいいじゃないか。女をあんなふうに使われると、どうも落ち着かない。

2004/09/23

録画して見る

子どもが生れてから、子ども番組以外はあまり見なくなった。ニュース番組もワイドショーの類も見ないので、重大事件も映像では知らない。新聞(とネット)がほぼすべての情報源。そうは言っても見たいドラマもあるので、それはビデオ録画している。子どもを風呂入れしたり、寝かせたりといった一日のリズムと、テレビ視聴の時間がかみあわないためだ。

子ども番組もほぼ録画だ。戦隊ものだの怪傑ゾロリだのは日曜朝の放映だが、これまた録画。日曜日の朝は一家で掃除して、終わったら、ダンナの「見てよーし」の声で、お茶を入れてテレビの前に集合し「デカレンジャー」を見るのが習わし。もう習慣になっていて、子どもも、掃除が終わらないとテレビを見せてもらえないのはわかっているので、一応ちゃんとやっている。

こうやって大概の番組を録画するので、ハードディスク内蔵のDVDレコーダーは本当に便利。新たに録ることも、先週の番組の上に自動的に重ね録りすることもできる。どこに何が入っているかすぐわかる。CMカットなどの編集も簡単。テープの入れ換えもいらない。

ビデオテープ時代を思うと隔世の感だ。(もっと昔は、録画なんてできなかったから、放映時間に食い入るように見ていたっけ。見逃したらあきらめるしかなかった)。

そう言えば、ほんの数年前まで、うちのダンナは、アンパンマンの録画に異様に凝っていた時があった。もちろんビデオテープでの録画だ。広島ではアンパンマンは日曜朝5時半から放映なのだが、CMを入れたくないからと録画予約しないで自分で録画していた。もともと早起きの人だが、番組開始前に起きて、テレビ画面を凝視してスタンバイ。番組開始の直前に流れるCMが終わるや録画開始し、主題歌が終わってCMに入るといったん停止。1本目と2本目の間のCMも律儀にカットしていた。神業のようだったのだが、ハードディスク・レコーダーを入れてからはその技術もお蔵入りしてしまった。

2004/09/21

尾道

horoki-hi.JPG
尾道。
それにしても、志賀直哉は、遊廓の女性にもらった簪(かんざし)や笄(こうがい)が数十本も、後世、文学の館で展示され続けていることを、あの世でいったいどう思っているのだろうか?!

2004/09/19

『山代巴』出版記念会

昨日、小坂裕子さんの『山代巴-中国山地に女の沈黙を破って-』の出版記念会に行きました(於 広島市まちづくり市民交流プラザ)。

小坂さんは、ジェンダー関係の出版やミニコミ紙を発刊している家族社のスタッフ。ということで、家族社のネットワークを駆使しての、パフォーマティブな会でした。司会は、家族社の高雄さん。

(1)民族太鼓のパフォーマンス
(2)挨拶 家族社代表 中村隆子さん
(3)入門・山代巴『山代巴文学紀行』藤川あやみさん(山代巴研究所)スライドと朗読
(4)特別講演 樋口恵子さん(評論家)「村の嫁さん、町の嫁さん」
(5)著者講演 小坂裕子さん「山代巴とフェミニズム」

私はここまで失礼してしまったのですが、このあと、パフォーマンスやフロアーからの「わたしが語る山代巴」などの企画があったようです。
以下、簡単な感想を。

(3)パワーポイントにより、山代巴の歩みがとてもわかりやすくまとめられていて、文学館等で常時視聴することができればよいなあ、と思わせる内容でした。
山代巴研究所」は、非核自治体宣言をしている三良坂町の町民有志が、平和・人権学習のために作ったようです。戦争中に思想犯として三次女囚刑務所に入れられていた山代さんに対して、最初は「国賊」扱いしていた看守たちが次第に彼女に大きな信頼を寄せていった過程などを教えられました。

(4)樋口さんの講演は、樋口節炸裂!といった感じ。
「嫁学事始」と題して、決して「嫁」ではない「サザエさん」の話を枕に、絶滅の危機にある「嫁」が連綿と続いていることを、各地の例をあげつつ説かれました。今の世に、驚くような嫁差別の風習が残っているところが数多くあるようです。嫁に関する諺などをいくつもあげられましたが、「嫁は、10人家族のとろろ飯の給仕をしながら、一等最初に食べ終わらなくてはならない」というのはなかなかすごい。食いしん坊の私などとてもダメですなあ。また、結婚後初めて夫の実家に行ったときの嫁への仕打ちの数々にも驚かされました。やれやれ。本当に、身分の上下を問わず、日本社会に嫁問題はタテに貫通しているようです。

(5)小坂さんは、山代巴に対する人間性への共感と作品に感じる違和感の落差を説明されました。山代さんは、農村にある嫁姑問題を女性の人権を阻むものととらえ、抑圧の委譲・加害と被害の連鎖を断ち切らねばならないと考えました。そのために女性は自己表現力を磨き、発言力をつけねばならない、仲間をもたねばならないことを主張したのですが、小坂さんは、ここまでは山代さんの考えを支持できると言います。ですが、山代さんが、嫁姑問題の背後にある男性の問題・家父長制制度自体に踏み込んでいないことに、不満を感じたと言います。
そうした限界のために、山代さんの文学が、都市の女性たちに届かなかった。代表作である『荷車の歌』も、かわいそうな女の物語として男受けのよい作品であって、女性研究者が山代さんを評価していないと言います。(耳がいたい)。限界をふまえた上で、山代さんをフェミニズムの立場から評価していこうとする小坂さんの姿勢に、教えられました。
私自身も地域の文学を、もっと勉強していきたいと思います。

小坂さん、家族社のパワフルな力をもらった会でした。

映画『父と暮せば』

★『父と暮せば』をやっと観ることができた。
原作:井上ひさし、監督:黒木和雄、出演:宮沢りえ・原田芳雄・浅野忠信

よかった。近年、原爆を取り扱った映画としても、演劇作品の映像化としても出色の出来だ。
広島の原爆投下から3年後の4日間。登場人物は、ほぼ2人。
生き残ったことに負い目を感じ幸福になることを拒絶する娘の前に、原爆で亡くなった父の亡霊が、恋の応援団長として現れる。

井上ひさしの原作戯曲がしっかりしている。加えて、極限を体験した者のその後の日常を淡々と映しながら、あの日へと迫り、また生への意欲を取り戻す結末へと見事に運んでいく、演出と役者の力。決して奇をてらうことなく、かつ斬新な映像。いずれもしみじみと胸にせまるのだが、とくに強く感じたのは、役者の「語り」の力だ。。

広島人としては、最初、宮沢りえの広島弁が少したどたどしく違和感を感じた。だが、途中からまったく気にならなくなった。爆死した友人の母を訪ね、最初は歓待してくれた彼女が、しばらくして「うちの子じゃのうて、あんたが生きとるんはなんでですか」と言ったということを語るくだりは、劇の世界に引き込まれていった。
対して、原田の広島弁は最初からきわめて自然で自在。亡霊でありながら、暗くなく、ひょうひょうとして娘を思う人間味のある父を見せた。楚々とした宮沢の力をうまく引き出し、深刻になりがちな物語をコミカルに味付けし、観客を厭きさせることなく結末まで運んでいった。さすがベテランの力量。また途中、エプロンをつけて一寸法師の寸劇の中に原爆瓦を取り込んだ物語を語る場面は、一転してすさまじさを見せた。

原爆投下のシーンは、CGや丸木夫妻の原爆の図なども入れていたが、基本的には語りの力だけで再現していった。私は、これまで、語りの力によってそこにないものを見せる演劇とちがって、映画は映像でモノを見せてナンボだと思っていた。だが、この映画は、語りの力によって観客の想像力に訴えかけ、像を結ばせることに成功している。

比較するのは酷かもしれないが、対照的だったのが、吉田喜重監督の『鏡の女たち』。2年前のあの作品でも、語りの力によって、「あの日」を再現させようとしていた。岡田茉莉子演ずる母が、生き別れた娘と思われる女性(田中好子)に元安川のほとりで原爆投下の日のことを語るのだが、そらぞらしさのみを感じた。(そうした感想は私だけではなく、『月刊家族』206号に、広島の女性たちの映画評が(私のも含めて)掲載されている)。
外国受けを狙ったとしか思えないヘンに象徴的なモノが散りばめられ、重要な場面として使われた海は全く瀬戸内海には見えず(あれはどう見ても日本海の荒波!)、広島に住んでいる者から見るとヘンな場所がロケに使われ、また主人公の生活水準が不必要に高いこともあいまって、まったく映画の世界に同化することができなかった。とにかくリアリティが希薄で、だから、語りの場面で泣かれても、違和感のみがつのってきたのだ。

それに対して、『父と暮せば』は、一つ一つがきわめて自然で胸にせまってきた。語りの力を最大限に引き出した映画であり、きのこ雲の下の一人一人の生活・悲しみ・思いを描き出している。

娘の「幸福」が「男性との結婚」とイコールとして示されることは、ジェンダー的に見れば問題にすべきかもしれない。近年、原爆文学や映画をジェンダーの視点からとらえ直す動きが出てきている。『黒い雨』や『夢千代日記』などが俎上に登っている。
だが、この当時の一般人ならば当たり前の、ごく普通の幸福でさえも、被爆者が抑圧せざるをえなかったことを示すのに、結婚・恋愛を扱うのは十分に意味がある。児童文学『さっちゃんの まほうのて』にも、同じ思いを抱いた。手に障害を持った子が、ままごと遊びで母親役をやらせてもらえない疎外感を抱く。女の子に母親役割が押しつけられていることを追究することは必要だが、障害児や被爆者には、そうした選択の自由すら与えられない。次元が違う問題なのだ。文学は、映画は、演劇は、そうした個別の人物の、心のひだの悲しみをこそ扱うべきなのだ。そうした点でも、『父と暮せば』を、私は評価したい。

最後に、娘の恋の相手役・浅野忠信について。ほとんど画面には登場しないが、朴訥な青年を演じて存在感を示した。それにしても焼け跡の中、原爆資料を車で運ぶ姿は、『白痴』のまんま。焼け跡が最も似合う若手(中堅?)男優だなあ。。

ともかく皆さんに観ていただきたい映画だ。

〔2005.6追加〕
B0007WWG0S父と暮せば 通常版
宮沢りえ 井上ひさし 黒木和雄 原田芳雄
バンダイビジュアル 2005-06-24

by G-Tools
B0007WWG0I父と暮せば プレミアム・エディション
宮沢りえ 井上ひさし 黒木和雄 原田芳雄
バンダイビジュアル 2005-06-24

by G-Tools

2004/09/17

iPodが来た

はやりモンに弱いわけではないが、iPodを買った。

初めは、ダンナへの誕生日プレゼントのつもりだった。なにせ、彼は、いまだにMDでもCDでもなく、カセットのウォークマンを使っているのだ。が、先日、誕生日の前日に、家電店に行くと、miniも20ギガも40ギガもみーんな売り切れ。仕方なく、代わりのモノに。もっと早く準備すればよかったなー、と帰り道悔やんだけど、(ダンナにはだいぶ前から「何がほしい?」と聞き続けていたのだが、「愛!」と言うばかりでラチがあかず、出遅れてしまったのだ)、でも、あとで別のものにしておいてよかったと判明。ダンナのパソコンはWindow MEなので、iPodは使えない。

そんなこんなしているうちに、自分が欲しくなってきた。
4月から転職して、通勤時間が大幅に増えた。自宅から駅までの自転車はいい。JRも本を読んでいれば35分はすぐに過ぎる。貴重な読書時間だ。問題はバス。駅→勤務地を一周→駅と循環する。行きは勤務地の最初のバス停で降りるから乗車時間は15分程度なのだが、帰りは乗ってぐるーっと一周してから駅に向かうので、夕方のラッシュ時に雨だったりすると30分以上バスに乗っていることになる。
バスの中で本を読むのは苦手だ。クラクラして気持ち悪くなる。で、ボーっとしてるんだけど、いかにもムダだよな。
MDプレイヤーは持っているのだが、交換するのがめんどくさくて、出張のときなどににしか使っていなかった。CDをMDにダビングするのにも時間がかかるし。

アップルストアのサイトをのぞいてみてみると、在庫があってすぐに配送可能とのこと。さすが直営。iTalkをくっつけるとiPodがボイスレコーダーになるらしい。思いついたことをメモするのに便利だ。

で、注文してしまったら、今日届いた。白くてかわいい。
アップルの製品は初めて。使い心地はいかがなものか心配だったけど、ここまでのところ、順調に使えている。以前、Windows Media PlayersのファイルはiPodでは開けないと聞いていたので、全部CDから入れなおさなきゃ、と思っていたのだが、ソフト(iTunes)をインストールしたとたん、これまでパソコンに入っていたwma音楽ファイルを全部、自動変換してくれてびっくり(だいぶ長い時間かかったけど)。 これまでの資産も活かせてうれしい。

で、『決定版三島由紀夫全集』第41巻のCD7枚を入れて、通勤時に聞く予定。ふっふっふ。もう循環バスもこわくない!?

2004/09/16

アットホーム・ダッド急増中

専業主夫が急増中らしい。
7年間で2倍。すごい伸び率だ。
原因は何だろう。性別役割分業意識がそうそう変化したとは思えない。不況によって夫がリストラ、妻が代わりに働きに出て、そのため夫が家事。……て、「アットホーム・ダッド」のまんまか。
あのドラマ、かなりリサーチして作ったらしいから、やはり主夫急増の主因はそんなところかな。

それにしても、専業主夫でも「第3号被保険者」になるわけだ。ちょっと盲点。
年金財政の悪化の大きな原因の一つが3号問題。存廃が話題になっているところで、急増したという主夫の人たちも無関心ではいられないだろう。
ドラマはよくねられていたし、出演者もみんないい感じで好評だったので、第2弾が作られる可能性も大あり。とすれば、次は年金とか税金とかがテーマになるかも。期待したい。
(トリックやアットホームダッドの阿部寛を観たいものだ。今やってる「逃亡者」はあまりに支離滅裂な展開で、あれでは役作りどころじゃなくて気の毒だ。)

★性別役割意識の話題をもう一つ。
今朝の中国新聞「くらし欄」に、30代・40代シングルの男女への意識調査の報告書が紹介されていた。

妻には自立してほしいが、家事・育児は基本的に妻の仕事-。できれば夫に養ってもらいたいし、家事・育児も協力してほしい-。晩婚化、非婚化が進む中、従来の性別役割分業意識と「夫婦は対等のパートナー」とする新しい結婚観のはざまで揺れる現代のシングルたちの姿が、サントリー不易流行研究所がまとめた「マイ・シングル事情」から浮かび上がった。

シングルが結婚にふみこまない理由にこうした意識があること自体は、すでに小倉千加子『結婚の条件』で述べられていて、新味があるわけではない。が、それにしても、男女ともなんともムシのよい結婚観よ。だけど、ベツに結婚なんてしなくたっていいじゃん、自分の自由な世界を守りたいという気持ちはよーくわかる。子育てや家事をやらなくてもいい既得権があるんだからやりたくない、養ってほしいけど私だけ苦労して密室育児するのはイヤ、という意識の前に、「育児は育自」だの「愛していればつくしなさい」(^^;;)の言ったって、そんな欺瞞には騙されないよ。
この意識は、容易なことでは変わらないだろう。ともかく、こうして未婚・非婚・晩婚が増え、ひいては婚外子率が世界でもまれに少ない日本では少子化社会へと加速していくわけだ。

--
2004.9.17追記
専業主夫急増の件。でも、考えてみれば、研究者の男性で「専業主夫」というか、妻が主要な稼ぎ手状態、の人(体験者)は昔からけっこういるよな。
オーバードクターの夫の学費と生活費を妻がかせいでるとか、ダンナが働いて妻が大学院へ通い、妻が就職してから夫が大学院に入り直すとかの例は枚挙にいとまなし。苦学生時代のことを思うと妻に頭が上がらない、とか言ってる人もいるし。その割には、自分が稼ぎ出してからは家事はなーんにもしていないようではありますが(^^;;)

それにしても急増とはいえ、全体としては主夫より主婦の方が圧倒的に多い。
どっちにせよ、「専業」主婦(夫)と「専業」ワーカーの組み合わせより、仕事も家事・育児も分担する方が危機回避できてよいように思う。けど、しんどいんだよね。

2004/09/15

子どもに向かう凶暴な力

今日から3日間、特別休暇だ。4月から移った職場は、8・9月に3日連続して休暇をとれることになっていて、有給休暇とあわせてなるべく消化するように言われた次第。
何をしようかな。休みの日はいつも出かけざるをえないから家にいたいな。たまっている仕事もしたいし、読書三昧もよし。ベランダのプランターの手入れもしたい。春から余裕がなくて、水やるだけで肥料すらやってないし、先日の台風でこわれた鉢もあるし。……て、欲張ってたら休みにならないや。やっぱりじーっと秋眠してよ。

で、寝溜めしてゆっくり起き(朝当番はダンナでした)、薬を取りに病院に行ってウダウダしてたら(軽い気持ちでウインドウズのアップデートを始めたら、Officeも脆弱性があるからアップデートしろ、とか出て、ものすごく時間がかかった。他人から来たファイルを開くためにしかWordもExcelも使わないのに、こうやって一生アップデートし続けねばならないのかと思うと、なんだか不毛・・・。)午前中はおしまい。もう少しして娘が帰宅したら、耳鼻科に連れていかなくちゃならないので、本日の自由時間も終了。
ま、ゆったりまったり過ごしましょう。

ところで、栃木県小山市の事件。3歳と4歳の幼い兄弟が、同居の男性に虐待を受け、川に投げ込まれ、3歳の弟の遺体が発見された。私はテレビニュースやワイドショーなどを見ないので、新聞報道でしか知らないのだけど、本当にいたましいとしか言いようがない。

被害兄弟の父親が会見したという。

 兄弟の殺害については、「ここまでやるとは思わなかった。自分の甘い気持ちで(下山容疑者を)頼ってしまった」と悔やみ、その動機を、「居候していた先輩の自分には何も言えず、矛先が子供たちに向かったのだろう。暴走族仲間で自分のことが怖かったのでは」とみている。

なぜ、不満を相手に直接言わなかったのか/言えなかったのか。被害幼児の父親と加害者は中学時代の先輩後輩だったというが、上のものには何も言えず、自分より下のものに暴力が向かう構図がやりきれない。

ドメスティック・バイオレンスの加害男性(バトラー)も同じだとよく言われる。職場や近所では「いい人」が、外でたまったうっぷんを、家庭内で自分の所有物だと見なしている妻や子どもに向けるのがDVの構図だ。だとすると、これは上下関係に縛られた男らしさの病なのかもしれない。

今回の事件と同じように知人の子どもを殺害した、「音羽のお受験殺人」とは明らかに異質な人間関係が背後にあるように思える。
音羽の事件のときには、閉鎖的な人間関係のなかで子育てをしている多くの女性たちが、他人ごとではない・自分も加害者になる可能性があったと震撼した。

今回の事件、おそらく多くの男性は加害者は自分とは関係ない、なぜそんなむごいことを平気で、と思うかもしれない。今回は、加害者は元暴走族で、子どもへの「暴力」という形で表れた。だが、社畜と呼ばれるサラリーマン社会、あるいは医者、教師、政治家など、どんな集団においても、タテ社会のゆがみはある。絶対的な上下関係・タテ社会が背後にあって、上にはおもねり絶対服従・下に自分の力を誇示する(それはパワーハラスメントやセクハラに如実に現れ出る。ほんとにひどいイジメが存在するのだ)構図がある限り、この事件と私は無縁だと言える生き方をしている者がどれだけいるのだろうか。

決してスポイルすることなく子どもを大切にする社会が、上も下もない、本当に生きやすい社会なのだと思う。

2004/09/14

『アフターダーク』

このブログ、「ジェンダー? 文学? ……な生活」なんて副題をつけて看板に偽りあり状態なので、少しは「文学」を。

アフターダーク
村上 春樹
講談社 2004-09-07


by G-Tools
村上春樹久々の作品。「長篇小説」ということで、確かに短くはないけど、『海辺のカフカ』のような長い作品だと思っていると拍子抜け。あいかわらず色々な物語が一つにまとまらないままで終わっているが、『-カフカ』のように、何はともあれ読み切ったといった達成感をもてない。もちろん狙ってやっているのだろうけど、この作に対しては、もはや謎解きや象徴探しをしたくなるような欲望にはかられない。 なぜこれを書かなくてはならなかったのか、よくわからない。わかりたいと思わせるものがない。

「私たち」というカメラのような視点が最初から出てきて、「語り」の面で「実験作」ということになるのだろう。とても映画的だ。ただ、その手法もご都合主義的なものになってしまっている。
映画的手法を小説に積極的に導入している作家として金井美恵子がいるが、金井の『噂の娘』が映像の断片が長篇のなかにうまく織り込まれ、かけがえのない時間の像を読者の中に形成することに成功しているのに対して、『アフターダーク』は、私という読者を「私たち」なんていう中にくくりこまないでほしい、という反発をよびおこされてしまう。読者の異化も狙いだ、というのかもしれないが。

ただ、文章は、おそろしいほど錬磨されている。かっちりと作られた、きわめて強い文体だ。だが、その文体で、何を書くというのか?
マリをはじめ、一人一人の人物は、きれいに形象されているのだが、全体の印象が希薄なのだ。
それが現代社会を一つのカメラで切り取った図なのだろうけど。

2004/09/12

『特捜戦隊デカレンジャー THE MOVIE』

★『特捜戦隊デカレンジャー THE MOVIE フルブラスト・アクション』を観る。

TVシリーズの今年の戦隊もの・デカレンジャーは、一人一人のキャラがたっていて、かつまとまりがよく、スピード感もあって、毎週家族で楽しみにしている。
で、なるべく早いうちに、ということで映画版を観に行った。

うーん、まあまあかな、という感じ。TVシリーズがよくて映画に期待が大きかった分、ちょっと厳しい評価かも。
あるいは、一昨年のハリケンジャーの出来があまりによかったため、期待の水準が高すぎたのかも。同じ渡辺勝也監督だし。

もちろん、お決まりのものはきれいに入っていた。バンとホージーの「相棒!」「相棒って言うな」とか、センちゃんのシンキング・ポーズとか、ジャスミンの古いダジャレとか、ウメコの入浴シーンとか、テツの「ナンセンス」とか。迫力もあり、楽しめた。
ホントに普通以上のできなんだけど。でも、なんというか意外性がなかった。
(唯一のビックリは、エンディングの選曲かな。それと、ウエンディーヌとフラビージョがちらと映ったのも。スタッフに愛されているんだねー、と嬉しかったよ。)

全体に人を見せるよりも、おもちゃ・おもちゃしていた気がする。
敵を倒すのも、拳銃だとどうも迫力に欠けるし。名乗りの背景も、工場よりはもう少し広い場所の方がよかったのではないかな。(高さは出ていたけど)。

ストーリーは、バンとゲストヒロインの交流を軸に展開。戦隊ものの映画版は、やはりレッドは違うんだと再認識させるように作られているのが常だけど、だとすれば、奪回したワクチンをヒロインに届けるのは、ボスじゃなくレッドにさせるべきでしょう。あと、ヒロインのイメージがちと地味だったかな。

とはいえ、十分に楽しめました。ハイ。

★併映の(というか、通常はこちらをメインと見なすのだけど)『仮面ライダー 剣』の方が、映画の出来としてはよかったかな。

我が家は、TVシリーズでも、単純で明るい戦隊ものの方を好み、仮面ライダーは視聴せず。アギトや龍騎を見ていた時期もあったのだけど、娘が暗いと嫌がるようになったため。
ダンナも、仮面ライダーは一人でキックだけで戦うものだという子ども時代の思い入れがあるらしく、平成ライダーは認めないという。(曰く、バイクに乗らないライダーなんて。ライダーが複数いるのはおかしい。しかも仲間同士で戦う。カードを集めて力が決まるなんて、ポケモンと同じだ。云々、熱く語りだす)。

という家族なもんで、映画版も、一昨年は同時上映のハリケンと龍騎2本とも観たのだけど、娘が見終わったあと「仮面ライダーはこわくていやだった。ハリケンジャーだけもう一度みたい」と言い、昨年はライダーは絶対観たくないと言い張ってアバレンジャー(30分)が終わったところで映画館を出た。
(今日も、デカレンだけで剣を見ずに(あるいは途中で)出ていった親子が何組もいた。今年は、戦隊の時間が例年より9分間増えたらしいけど(それでもデカレンが39分で剣が74分)、時間配分としては2作品で半々でもいいのじゃないか)。

だけど、今年のライダーはTV版を見ていなくても内容がわかったし、コミカルなところもあったし(最初のあたりでぐずってる子はいたけど、泣いてる子はいなかったようだ。一昨年の龍騎のときは、途中でワーワー泣きわめく子が何人もいた。子どもが泣きだす子ども映画って・・・)。ともかく娘が嫌がらずに最後まで観ることができました。めでたしめでたし。

ではあるんだけど、戦隊と同時上映じゃなければ観たいとは思わなかったなぁ。
みんなを(あるいは特別な一人を)守るために一人の命を主人公が奪ってしまう仮面ライダーの物語よりは、ベタベタではあっても、一人の命もみんなの命も救うぜ!という戦隊ものの方を、子どもと共に観たい思いがある。

★それにしても、特撮って、ジェンダーを考えるのに恰好の題材。斉藤美奈子『紅一点論』は首肯できる部分も多いけど、現在ではだいぶ変わってきているところもある。そんなこともまた考えてみたいなあ。

2004/09/11

広島近代文学研究会 第27回例会

備忘録です。

★広島近代文学研究会 第27回例会
・2004年9月11日
・ 於 比治山大学
(1)「宮本輝『蛍川』論-無常の断片としての光と影-」
山口絢子氏(広島大学大学院文学研究科 院生)
(2)「川端康成「古都」執筆における禁忌」
風呂本薫氏(広島県立安芸南高等学校)
(3)次回の予定・その他

(1)山口氏の発表は、無常の中の光と影をキーワードに、『蛍川』の「古風」でありながら「新しいもの」を探った論。
これに対し、発表時1970年代の批評シーンがどのようなものだったのか、などをめぐって活発な質疑があった。

(2)風呂本氏の発表は、新聞連載小説の「古都」の単行本時の改訂などをめぐって、資料や周辺事情を考査された論。「古都」の評価や、氏が示された校合箇所等について、討議が交わされた。

(3)次回例会は、2004年12月18日(土)、於 比治山大学。
例会のあと、忘年懇親会も開催予定。

・本日の例会後、中区基町にある参九亭にて、発表者を囲み懇親会を行った。

2004/09/10

揺れる、「女」心

今月はじめ、娘はとびあがって喜んだ。中旬に、子どもだけの1泊キャンプに行けることになったからだ。
公共施設が募集した小学生1~3年生対象のものだった。以前、同じ施設が開催したファミリー・キャンプに行って、環境も専任・ボランティアのスタッフもすばらしく、他の家族とも仲良くなれたし、とても楽しかったため(しかも安い!)、味をしめて申し込んだのだ。
娘は一人でも大丈夫だと言っていたが、仲良しの同級生・Oくんを誘ってみると「行く」とのことで、二人一緒に申し込んだ。募集要領には申し込み多数の場合には抽選だとあり、毎回多数の応募があると聞いた。娘は〆切日には、当たりますようにと手を合わせて祈っていた。
で、当選通知の封書が届き、大喜び。同封の書類には、たくさんの人がキャンセル待ちをしているから、万一キャンセルするときには早めに連絡するように注記してあった。とてもラッキーだったのだ。娘は、Oくんにも、日程や持参物・参加費入金などの諸注意を書いた紙を渡した。

さて、それから数日後の夜、軽い気持ちで「キャンプ楽しみだねー。Oくんとキャンプに行く話してる?」と聞くと、娘は急に顔をくもらせ、「Oくんがキャンプに行かんて言った。Oくんはよくウソつくから、ウソだとは思うけど・・・」。
「なんで行かんて言うの?」
「わからん。でも、女なんじゃけー、女と行けばいいって。ねえ、ママ、Oくんちに電話して、お母さんに聞いてみて。キャンプに行くかどうか」
そのときは行くに決まってるでしょ、と受けたあと、いちおう娘に、Oくんが行かなくて一人でもキャンプに行きたいか尋ねると、「行きたい。でも、つまんない」。
「行くのやめるんだったら、早く言わないとダメだよ。行きたくて申し込んだのにクジで落ちちゃった人がたくさん待ってるんだからね。私は一人でも行くからね。って、Oくんにそう言っとき」で終わらせた。

それから昨夜のこと。娘は風呂に入っているときに、父親にこう言ったそうな。
-今日、遊んでて、Oくんが死んだマネして、「オレ、死んだから、キャンプには行かんですむ」って言った。
ありゃりゃりゃりゃ・・・、そりゃー心配だね。
娘が寝たあと、「Oくんちに電話した方がいいかね」と相談すると、ダンナは「いやー、Oくんも、そんなことばっかり言うってのは、キャンプのことがよっぽど気になってるんだよ。いっしょに行くんで照れてるんだ」。
ふーん、そんなもんですか。なんだかご自分の体験談のようでござんすね。

Oくんと娘は、保育園時代からの友だち。
1歳から保育園に通いはじめた娘は、2歳半のときに引越のため、転園した。そこで隣のクラスだったのがOくん。クラスは別でも、夕方は一つの部屋にいて、迎えに行くたびに同じ男の子と遊んでいた。その後、同じクラスになったり別々のクラスになったりして、ときにそれほど遊ばない時期もあったけど、不思議にウマがあうのかよく一緒にいた。
娘より身体が小さいOくんは身のこなしが軽くて、2歳下の弟や他の子をひきつれて遊ぶ、ちょっとガキ大将のかわいい子。でまた、親御さんが二人ともとてもいい方で、娘が小学校入学早々ジャングルジムから落ちて骨折したときにも、わざわざバラの花束を持ってお見舞いに来てくださった。
小学校でも学童保育などで、よく一緒に遊ぶようだ。この夏休みの宿題の「一行日記」でも、「Oくんとせみとりをしました」だの、「Oくんとプールですもうをとりました」だのばかり。父親には、「Oくんなら、サンフレッチェに入れるよ。ぜったい。サッカーすごく上手じゃけー」などと言っているらしい。

ぞっこんか? どうも娘はつくすタイプのようで危ない危ない。
子どもでも、相手の気持ちを忖度したり悩んだり、駆け引きやら照れかくしやら、あるんだよね。
でまた、保育園時代には、女の子も男の子もパンツ一枚で一緒に水浴びしてたのに、男だの女だの気にするようになったんだ。
キャンプをめぐる力関係、さて、どうなりますことか。応援しつつも、半分面白がって見ているところだ。

2004/09/08

子育てが気になる!

台風18号のため、昨日、娘の学校は朝から休校措置がとられた。
広島の学校では、多くが朝から休校、あるいは途中から授業打ち切り・下校させた。低・中学年の子を共稼ぎや一人親家庭では、すわ!一大事!

そんな非常時だけではなく、日常的にも、誰がどうやって子育てをするのか、というのは大問題だろう。私など、人物を紹介する新聞記事などを読んでいても、いったいどうやって仕事しながら家事・育児しているのか、人ごとながらとても気になる。

先日の朝日朝刊(2004年9月3日)の「テーブルトーク」という囲み記事に、39歳の「映像ジャーナリスト」の女性が紹介されていた。「犯罪加害者が罪をつぐない、生き直すとはどういうことか」を問いかけるビデオ作品を作ったというその方の仕事の内容自体も興味深かったのだけど、それより目にとまったのが次の一文。

昨年、京都文教大学助教授になり、弁護士の夫と長男(2)が住む東京と京都を往復している。

うーん、いったい「長男(2)」は、誰が、どのように、育てているのか?
「弁護士の夫」なのか、それとも実家の、あるいは夫の家族なのか。その場合、同居しているのか、別居なのか。それともシッターを雇っているのか。
そして、京都と東京の二重生活をしている彼女は、どうやって仕事をこなし、そのことをどのように感じているのか。--聞きたいことが吹き出してくる。
そして、もし、この「弁護士の夫」が新聞記事になることがあったとして、「昨年、映像ジャーナリストの妻が京都の大学の助教授になって東京と京都を往復しているため、ふだんは長男(2)との二人暮らし。」といった紹介が載せられるのだろうか。家事・育児を可視化するためには、そんな記事も出てほしい。

女性が、男性が、どのように子育てと仕事をこなしているのか。いろんな事例を知りたいし、のりきるための技術や精神やらも互いに出し合って学べたら、生産的だろう。少しずつ語ったり、聞き取ったりしていきたいなと思っている。

宮島の台風被害

昨日の台風18号。私のところでは風がものすごかった、ぐらいですんだけど、一夜明けて新聞等によると、海難や文化財の倒壊など、広島でも甚大な被害があったようだ。
被害を受けた方の胸中をお察し申し上げます。

宮島の国宝建造物が倒壊したニュースは、もう10年以上前の台風19号を想起させられる。
当時名古屋に住んでいたけど、たまたま広島に戻ってきていて台風にあった。停電や断水が長くつづく日々に疲れたけど、それ以上に新聞に載った(停電でテレビは見られなかった)宮島の能舞台の無残な写真には言葉を失った。小学校の頃から遠足といえば宮島で、大河ドラマの新平家物語ですっかり厳島神社にかぶれてしまっていた私にとって、宮島は広島の文化・歴史の大きな象徴だったから。

交通信号が消えて大渋滞をひきおこし、水やローソク・屋根の補修に使うビニールシートなどが店から消えてしまった広島から名古屋に帰る途次、神戸に寄ったのだけど、何事もなく機能している街にまたショックだった。
さて、今回。実家は停電したと言っていたけど、今回は13年前のような市内全域の停電や断水はおきていないようだ。街は少しずつ強くなり、でも冠水や交通機能がマヒするなど、自然の前には弱さもさらけ出す。

もう少しして落ち着いたら、再建のためのカンパをしに、宮島に行こう!

2004/09/07

『忍者ハットリくん・ザ・ムービー』

ホントは、『父と暮らせば』や『誰も知らない』などが観たかった。観たい映画はたくさんあるのに、、。娘よ、早く一緒に「オトナの映画」に行けるようになってくれ~~、という個人的事情はおいといて、さて、『忍者ハットリくん・ザ・ムービー』。

娘がハリポタ(前2作は喜んでみていたくせに)をいやがったのでハットリくんにしたのだが、まったく期待していなかったのに、いやあ、さわやかで実によろしい。エンターテイメント系の作品に点数が甘い傾向なのは自覚ずみなのだが、それをさっぴいても、すっきりとして面白く、かつポジティブでよい。CGもいい感じの迫力に仕上がっていて、夜の東京タワーのてっぺんに立つハットリくんや、ケンイチやミドリとムササビで飛ぶシーンには、観客の小学生たちも「すげー」と声を上げていた。

決して万能ではないけど、前向きで、てらいなく明るいヒーローに、香取慎吾はピッタリ。両頬に「の」の字をつけてニマッと笑うおちゃめさ、それでいてまじめでさわやか、カッコよくも見えるという役者はそうはいない。タイトなスケジュールで、仕事も複数同時並行でこなしているのだろうに、すごい。才能と、少年時代から仕事を続けてきた経験にもとづくカンのよさ、そして努力ももちろんあるのだろう。
それにしても、主演の香取慎吾はもとより伊東四朗や戸田恵子、浅野和之といった三谷幸喜おなじみのキャストが目立つなあ(西村雅彦もチラっと出ていた)と思ったら、鈴木雅之監督って「王様のレストラン」や「古畑任三郎」の演出家だったのね。納得。

ハリケンジャー以来の娘の忍者熱に拍車がかかるか、、と思ったけど、くのいちが出なかったから、どうかなあ。。でも、「すごくおもしろかった」と言っておりました。
ともかく、意外な拾い物。良質の忍者エンターテイメント映画でした。ニンニン!

2004/09/06

子連れで美術館に行くの記

ひろしま美術館の「ゴッホ ミレー とバルビゾンの画家たち-大地への愛」展を見に行く。
美術館に行くのは久しぶり。ゴッホがミレーの「刈り入れ」(だったかな?)を模写して作風を固めたことなどが見えてきて面白かった。(10月17日まで)

ただ、昨日行ったのは、日曜日に子連れで出かけるのが主目的。先日、娘が父親とひろしま美術館の常設展に行き、「ゴッホ ミレー展」の割引券をもらって(小学生500円→100円)絶対行く!と言ったため、自転車で出かけたのだ。(さっき美術館のサイトを見たら、インターネット割引券があった。しまった!大人も割引があったのね。前もって見ておけばよかった)
日曜日でなかなかの人出。観光バスも来ていた。
娘には、ミレーは色調も題材も暗くて、ピンと来なかったもよう。どうも常設展の方が明るくてよかったようだ。
その後、喫茶で、特別展にちなんだ、「カトフェル」というエクレアの上にマジパンをつけたケーキと「さつまいものアイスクリーム」などを食す。なかなか素朴で美味。
で、ゴッホみたくミレーを模写するという娘のために、絵はがきを1枚買い、つづいて近くの子ども文化科学館へと日曜日の親子自転車行脚はつづく・・・。

娘は、ふだん 学校→学童保育→家に帰って夕飯・お風呂・時間割合わせ・就寝 で一日がすぎてしまうためか、日曜日は親と一緒に出かけたがる。先週は交通科学館、今週は美術館、、と自転車の旅はつづく。こちらもなるべく一緒にいたいし、余裕があるときにはよいのだけれど、仕事したいときだってあり(継続して考えていたことが途切れるのがしんどい)、なかなかに時間の使い方は難しい。
信田さよ子が『家族収容所』で、昔保育時間の範囲内で働く自分に対して、専業主婦がいて存分に働く男性たちへのトラウマをぶつけている箇所があったけど、ほんとうになあ。。

『華氏911』

昨日の地震は大丈夫でしたか?
夜7時過ぎ、娘と『サザエさん』をビデオで見ていて、(我が家はたいていのテレビ番組はビデオ録画で見ている)、娘はテーブルの下にもぐりこもうとしていた。感心感心。その後、トイレへ避難。でも、広島はそんなに強い揺れではなかった。
同じころ、ダンナはマンションの管理会社を変えるための説明会に出ていたが、複数の管理会社が「和歌山で震度5です」と直後に競って話して、危機管理能力をアピールしていたそうな。

---

さて、ようやく『華氏911』を見た。
主演:ジョージ・ブッシュ、監督:マイケル・ムーアなんていうけど、ブッシュの個人的資質うんぬんより、この社会の政治的仕組みがよくわかったと思う。
社会の底辺にある貧しい者が戦争に行かされ、上層の者たちの利権を守るという仕組み。
決して、議員たちは、自分の子どもを戦場には送らない。
そして利権(ブッシュ一族とオイルマネーの関係など)を見えなくするための情報操作。
(どこの政府も情報操作するんだよね。ロシアの学校占拠も強行突入への避難をかわすために、ロシア政府が人質の数を少なく発表していたのは確実だと言われているし。日本も、人目をくらますために「サプライズ」を用意するのを得意とする首相だし・・・)。

それにしても、親が与えられない教育を軍なら与えてくれるから、と、子どもに軍への就職を勧めた母親にとって、息子の戦死は悔やんでも悔やみきれないだろう。子どもを殺され、あるいは民兵容疑者として連行されるイラクの母親と、アメリカの母親の像が重なり合う。そうしたことを訴えても、自分が被害にあっていない者には理解されない悲しさ。(遺された者の悲しみを訴えるときに、母親(女)が常に使われることは再考せねばならぬにせよ)。

人の連帯と、メディアを読み解く力は絶対に必要だ。
そして、ときに権力を批判することをためらわぬ強さも。そこにユーモアがあれば、なおよろしい。

2004/09/04

『鈍獣』

★『鈍獣』(ポスターはこちら
・2004年9月3日(金)19時~ 広島アステールプラザ大ホール
・作:宮藤官九郎、演出:河原雅彦 、出演:生瀬勝久・池田成志・古田新太・西田尚美・乙葉・野波麻帆

かつての同級生のありさまを小説に書いて失踪した凸川(池田)、凸川を殺そうとする元同級生(古田・生瀬)、そして元ホストクラブ・現スナックのママとホステス(野波・乙葉)、事件の真相を知ろうとする記者(西田)の織りなすドラマ。
殺されそうなのに全く気付かず、そしていくら傷つけられても蘇るタフな凸ヤンがおかしい。全体に面白くて、最後はちょっとこわい。梶井基次郎が「瀬山の話」で書いていたような、とろうとしてもとろうとしてもくっついてくるものがある、忘れ去りたい過去の記憶を消そうとしてもどうしても蘇る、そんな感覚的な気持ち悪さがよく出ていた。

でも、「すごーくいい!忘れられないドラマ」というほどじゃなかった。
芝居は観る席によって、あるいはその日の体調によって、かなり印象が違うからそのせいだったかも。ど真ん中よりやや後ろで悪くない席だったけど、やはり舞台の間近で観た方が同化しやすいのは確か。
あと15分の休憩はさんで、ほぼ3時間というのも、この手の芝居にしてはちょっと長い気が。
それにしても、広島中のOLさんが集結したのでは、、、というくらい、20~30代の女性ばかりの客席だった。

2004/09/03

お弁当づくり

子どもの新学期が始まって3日たった。
夏休み最後の日に、娘に「夏休み終わって、明日から学校が始まるけど、どう? さびしい? うれしい?」と尋ねると、「ふつう」と答えた。夏休みが終わるのはいやだけど、友だちや先生に会えるのはうれしい、ということらしい。

夏休み中の学童保育は9時からだったけど、小学校が始まって出かける時間が早まり、親はホッとしている。
給食も来週月曜には始まるので、お弁当づくりも明日で終わり。
夏休みは給食がないので、学童保育に持っていかせるお弁当を毎日作っていた。(ダンナと交代でだけど、弁当当番は私の方が多かったかな。・・・というと、夕飯づくりは自分の方が多い、というダンナの声が聞こえそうだ。)
メニューもマンネリ化気味で申しわけなかったのだけど、子どもはお弁当をとても楽しみにしていたようだ。
手間はいっしょなので、ついでに自分のと2個作っていた。娘はもう食べ終わったかな、などと思いつつ自分も職場で弁当箱を開いていた。外に食べに行かなくていいのでラクといえばラクだけど、ただでさえ忙しい朝、弁当づくりには、けっこう時間もかかる。
きっと月曜日、弁当を作らなくていい朝になって、夏休みが終わったー、と実感するのだろう。

ところで、実家の母親は、父親の弁当を40数年作り続けている。
玉子焼きと焼き魚だけでもいいから弁当にしてくれ、と父が言うのだそうな。
(実際には、煮しめやら、定番の品が色々入っている。年季の入った味だ)。
私なんて休み期間と土曜日に作るだけでも面倒なのに、すごい。
それも父がリタイヤするので今年で終わり。
あと少しだね。どんな感慨を持っているのだろうか。

それにしても、全国の人々の(その多くは母親だろうね。ジェンダー!)毎朝弁当にかける時間と労力を思うと、気が遠くなりそうだ。

2004/09/02

記憶

この2日、親指シフトのことを書いていて、初めてワープロ専用機を買おうとした頃のことを、フッと思い出した。

学生時代、講読していた国文雑誌の裏表紙に、某社のワープロが写真入りで載っていて(キューブのような四角形だった)、それを見ていてひどく惹かれた。学生にはとても高い買い物だけど、何だかその機械を使うと大論文や傑作エッセイが書ける幻想をおこさせる、そんな広告だった。

単純な私はすっかりその気になり、もうその機種を買うぞ!と心の中で決めていたのだが、みんながたまっている研究室で、何気なく同級生のKくんに、「某ワープロを買おうと思うんだけど、いいよね」と聞いてみた。まだパソコンやワープロを使っている学生はほとんどいない時代に、Kくんはすでに98+一太郎を使っていたので、ほんとに何気なく購入前最後の確認をとるぐらいのつもりで尋ねたのだ。
すると、彼は、ワープロ専用機のどれがいいかはよく知らないが、と言いつつも定評があるという機種名を3つぐらいあげ(その中に某社のは入っていなかった)、メーカーによってかなり違うから、ちゃんと現物を触ったり、カタログを見てスペックを比較したり、雑誌などで評判を調べてから買った方がいい、と親切にもアドバイスしてくれた。

あの機種を入手すれば傑作が書ける、とのぼせあがっていた私は、そんなことしなくても、と思いつつも、それもそうかとやや冷静になり、調べるだけ調べてみようと、Kくんに教えられたとおり、家電店に行ってカタログを片っ端からもらい、雑誌や本を買ったり立ち読みしたりして研究してみた。世間知らずで、そんな専門雑誌が出ていることすら知らなかった。
で、調べてみると、某社のワープロはどうもあまりよろしくない、どころか決定的な弱点があることがわかったのだった。

そうして、私は、前述のごとく古瀬幸広さんの記事にすっかり洗脳されて親指シフト教の信者となり、めでたくOASYS購入へと方向転換した。

最初購入しようと思っていた某社は、その数年後ワープロ生産から撤退し、現在もパソコンを作ってはいない。
あのとき何にも調べずに、某社のワープロ(当然、JISキーボード)を買っていたら、どうだっただろう。あの機種で、文書をすらすら作っていただろうか。買ってはみたものの、ワープロって使いにくいものだなあと思っただろうか。そして、今ごろどうしていただろう。親指シフトなんて関心もなく、とりたてて不便も感じないで、キーボードで日本語を打つのはこれが当然と、JISカナかローマ字入力してるんだろうな。。

別にKくんが親指シフトを勧めたわけじゃない。(彼自身は、たしかローマ字入力だったはず。)
でも、何だか、そのことを思いだすと、不思議な因縁を感じる。
あのときの忠告がなければ、私がこのキーボードにこだわることはなく、こんな文章を書くこともなかったのだから。

そのKくんは、もういない。
2年前の11月、急性心不全で亡くなってしまった。
若すぎる。別の仲間から知らされて、本当に驚いた。

小柄なKくんが、ヘルメットを片手に(通学やバイトにバイクを使っていた)、いつも忙しそうにセカセカと研究室に入ってきていた姿が思い浮かぶ。
卒業後は数回しか会っていなかった。最後に会ったのは山口での会合で、彼の知人と私とを、彼が自宅に帰るにはちょっと回り道になる新幹線の駅まで、車で送ってくれたのだった。

今頃、何してるだろう。あいかわらずセカセカと、そっけなさそうで面倒見のいい人だったから、「忙しい、忙しい」と言いながら、天国でもパソコン関係の仕事や相談をみんな引き受けてるんだろうな。

清原万里くんが遺したホームページを、よかったら見てあげてください。

2004/09/01

親指シフト(ニコラ)・再び

杉田伸樹さんに、昨日書いた親指シフトの記事に対してトラックバックしていただきました。
http://thumb-shift.txt-nifty.com/contents/2004/09/re_nagi.html

なにぶんブログを始めて10日ほどで、初めてのこと。とても嬉しいです。
で、杉田さんの記事やホームページを拝読した感想を書かせていただきます。
(コメントにした方がよかったのかもしれませんね。なんだかトラックバックを送る練習みたいになってすみません(^^;;) )

「親指シフトのセールスマン」を自称されている杉田さん。まだホームページのすべてを拝読したわけではありませんが、とにかく親指シフトに対する造詣が深く、愛があふれていて、感動しました。

(他の国々(アジア諸国)の入力方法はどうなっているのだろう?)

これについては手前味噌ながら、拙サイトの親指シフトを世界にの各言語のケーススタディーをご覧下さい。一言で言ってしまえば、「英語用のキーボードをなんとか辻褄合わせをして使っている」という状況です。

まさか、もう調査している方がおられたとは・・・!
また、親指シフトによる各国語の入力も模索されているということも、初めて知りました。
各国が例えば植民地から脱してどのように公用語を定めていくかという国語政策の歴史はとても興味深いのですが、多くは文字や音声に関してです。情報社会の今、キーボードでの入力についてはどうなっているのか知りたいなあ、 各国語の例をあげながら、ぜひよりよい日本語の入力法についての提言など聞きたいなあ、と思っていました。
杉田さんが既に調べられ考えられていることに、とても驚きました。

ブログで親指シフトのことを書いている方がいる。私はそれに対してトラックバックすることで、自分の考えを述べると同時に、相手にも親指シフトの仲間がいることを伝えることができる。こうした形での連携が強まれば、親指シフトを進める力になると信じている。

本当にそうですね。親指シフトを愛用している私は孤立しているわけじゃあないんだ、という励ましをいただきました。
これまでも、迷ったり困ったりしたときには、キーボードに関するフォーラムをのぞいて情報をいただいたり、SOSを発信して教えていただいたりしていました。
(なにせ、パソコンに移行して最初に使った親指キーボードは設定をいじらなくては使えない仕組みだったと記憶しています。パソコン初心者には敷居が高くて、あの時点で教えていただけなければ、挫折して親指シフトを使い続けることはできなかったかもしれません。教えてくださった方々、情報提供してくださった方々に、感謝感謝です!あの頃に比べれば、現在は、とくにデスクトップでは親指シフトを使いやすい環境になっていますよね。)

でも、そういう特別なときばかりではなく、日常のなかで、フツーの人が、「私は親指シフトを使っているよ、とっても快適だよ」と発信することが必要なのかな、などと思い、自分がネット上で発言する場を持ったときには、ときにはキーボードのことも語ろうと考えていました。黙っていたら、JISキーボード標準添付の現状を肯定していると思われちゃいますから。
そんな何気ないつもりの発言でしたが、トラックバックしていただき励みになります。

私が親指シフトについて語るのは、一つには私利私欲によります。まさに自分の手足のような親指シフトキーボードがなくなっては困りますから(^_^)。
パソコン移行期にJISキーボードでローマ字入力して不自由だったときに、懲りました。もう二度とあんな不便な思いはしたくありません。私が生きている限り、親指シフトキーボードが存在していてくれなければならないのです。
(今、最も心配しているのは、RboardがWindowsXPの次のOSに対応してくれるのかどうか、ということです)。

でも、そうした私利私欲だけではなく、もっと大きな理由は「義憤」みたいなものによります。
明らかに日本語入力に適した方法があるのに、使われていない。比較した上で使われないならばあきらめもつくけど、大部分の人が存在自体を知らない。そんな理不尽なことがあるのか、何とか知ってもらいたい、快適に日本語入力できるようになってほしい、といった思いです。
前の記事にも書きましたが、とくに娘が小2で、そろそろパソコン学習等も始まってきます。
そうしたときに、タッチタイピングできないJISカナや、アルファベットを使うというどう考えても不自然なローマ字入力を覚えさせるのは釈然としないのです。
(・・なんて書いているうちに、日本語学というより、国語教育の分野にも関わってくるような気がしてきました)。

すごく微力ですが、どなたかの目に触れて、親指シフトが普及することにつながればよいなと願っています。


« 2004年8月 | トップページ | 2004年10月 »

twitter

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

DVD

  • 春の雪
    :
    春の雪
  • 憂国
    :
    憂國
  • 炎上
    :
    炎上
  • 午後の曳航
    :
    午後の曳航
  • ラビリンス 魔王の迷宮
    :
    ラビリンス 魔王の迷宮 コレクターズ・エディション
  • きみはペット
    :
    きみはペット DVD-BOX
  • 野田版 研辰の討たれ
    :
    歌舞伎名作撰 野田版 研辰の討たれ
  • 阿修羅城の瞳 舞台版(2003)
    :
    阿修羅城の瞳 映画版(2005) & 舞台版(2003) ツインパック

CD

  • 曽根麻矢子 -

    曽根麻矢子: バッハ:ゴルトベルク変奏曲
    最近のお気に入りは、曽根麻矢子さん。「イギリス組曲」や「イタリア協奏曲」も素敵ですが、やはりこの1枚がおすすめ。丁寧な演奏と美しい音質にとても好感がもてます。

  • ヨーヨー・マ -

    ヨーヨー・マ: ヨーヨー・マ ベスト・コレクション
    「リベルタンゴ」やバッハの無伴奏も入っているので、ヨーヨー・マで一枚だけ、となると、やっぱりこれかな。。それぞれのアルバムで聴きたいところですけどね。

  • Yo-Yo Ma with The Amsterdam Baroque Orchestra & Ton Koopman -

    Yo-Yo Ma with The Amsterdam Baroque Orchestra & Ton Koopman: Vivaldi's Cello
    知性と穏やかさの感じられるヨーヨー・マの演奏。これは、よく聴くアルバム・ベスト3の一つです。

  • 春風亭小朝 -

    春風亭小朝: 小朝の夢高座Op.1「牡丹燈籠 ― 御札はがし」
    うまい! 何でこんなにうまいんだろう。落語家につける形容詞じゃないけど、スキのないうまさを堪能できる。もっとCDを出してくれることを切望。

  • のだめオーケストラLIVE!
    のだめオーケストラ・東京都交響楽:

    「のだめオーケストラ」LIVE!

    娘がピアノの練習を嫌がらずやるようになった、ありがたーいCD。2-2の2小節で間違えるバージョンがことのほかお気に入りの様子。クラッシックの入門編として。
  • Best of Bowie(US)
    David Bowie:

    Best of Bowie (Bonus CD)

    とりあえずデヴィッド・ボウイを聴きたい方へ。変遷を手際よくたどるのに好適!
  • Labyrinth
    Original Soundtrack:David Bowie:

    Labyrinth: From The Original Soundtrack Of The Jim Henson Film

    映画「ラビリンス」のサウンドトラック版。音楽的にもなかなかよい。バブバブ言っているのがボウイだと想像すると微笑ましい。
  • バッハ:ブランデンブルグ交響曲5番
    トレバー・ピノック/イングリッシュ・コンサート:

    Bach: Brandenburg Concertos Nos. 4-6; Triple Concerto BWV 1044

    硬質なカシャカシャとした音が、バロックにとても合っていて、気分が落ち着きまする。
  • Karajan Spectacular
    カラヤン:

    Karajan Spectacular

    そうは言っても、「ワルキューレの騎行」は、クナよりもカラヤンをとりたい。
  • ワーグナー:名演集
    クナッパーツブッシュ/ウィーン・フィル:

    ワーグナー:名演集

    「すばらしい」の一言。夾雑物が何もなく、ワーグナーの音自体が見事に立ち上がってくる。